そこでペテロは彼らに答えた。「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。

なぜなら、この約束は、あなたがたと、その子どもたち、ならびにすべての遠くにいる人々、すなわち、私たちの神である主がお召しになる人々に与えられているからです。
使徒2:38、39

ふたりは下って行って、人々が聖霊を受けるように祈った。彼らは主イエスの御名によってバプテスマを受けていただけで、聖霊がまだだれにも下っておられなかったからである。ふたりが彼らの上に手を置くと、彼らは聖霊を受けた。
使徒8:15-17



最近私は、兄弟姉妹のみなさんと共に、聖霊の内住および聖霊のバプテスマについて話し合ったり、意見を聞く貴重な機会をいただいています。

そしてみなさんのやり取りを読んでいく中で、「私ははたして聖霊のバプテスマを受けたのだろうか」という疑問が湧いてきました。そしてそのことを朝から晩まで考え、祈りの中でも、主に尋ねていました。

そうして考えれば考えるほど、祈れば祈るほど、自分はやはり聖書の中に書いてある「聖霊のバプテスマ」を受けていないのだろうという確信の方が強まっていきました。

そしてそれと同時に、まだ聖霊のバプテスマを受けていないと思われる自分が、聖書や信仰のことについて公に書いたりすることに非常なためらいを覚えるようになりました。

もちろん、すでに聖霊のバプテスマを受けている方々も、この地上に生きている限り、聖書解釈や理解の上で誤謬を犯す可能性は十分にあるでしょう。

しかし、自分がもしそれを受けていないのだとしたら、そういう人の犯す誤謬の可能性はさらに高いのではないかと恐れます。非常に恐れます。

自分としては精一杯、聖書に忠実に記事を書いてきたつもりですが、もしも意に反して間違ったことを書いたり、翻訳してきたのなら、私は御父・御子・御霊の前に、そして読者のみなさんの前に赦しを乞わなければならないです。

聖霊のバプテスマに関し、主のみこころがなりますよう、私のことを祈りに覚えていただければ幸いです。

ありがとうございます。




それでも奮起する

砂漠の預言者