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インドのアクセサリー店


ビルマに遣わされたアメリカ初のプロテスタント宣教師であるアドニラム・ジャドソンは、この問題を正面からとらえ、母国アメリカにいるクリスチャン女性たちに長い嘆願のレターをしたためました。


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Adniram Judson (1788 –1850) 伝記はココ


1831年10月付のこの手紙の中からは、ジャドソン宣教師の苦悶と、聖潔を求める誠実な思いが伝わってきます。

彼の苦しみは、――イエスさまを信じ、この世の装飾やファッションからも解放されたカレン族の女性たちが、北米から派遣されてくる「着飾った」女性宣教師たちの姿を見て、再び虚栄の穴に落ち込んでしまっているという――宣教地での厳しい現実に対するものでした。

その一部をここに引用したいと思います。

、、あるカレン族の女性がバプテスマを受けたいと申し出てきました。私は彼女にいくつかの質問をした後、「あなたはキリストのために、装飾・アクセサリー類をあきらめることができますか?」と尋ねました。彼女は驚愕していました。

私は福音のスピリットについて彼女に語りました。私は彼女自身の内にある虚栄について語り、それについての使徒の言葉を読み聞かせました。

彼女は何度も何度も、自分のネックレスを見つめていました。、、、そしてしばらくした後、それを静かに外し、言いました。「私はこのネックレス以上に、キリストを愛しています。」

このニュースは広まり始めました。反対する女性たちも数人いましたが、他のクリスチャン女性たちはためらわず、その模範に倣い始めたのです。

Francis Wayland, A Memoir of the Life and Labors of the Rev.Adoniram Judson: Volume II, Philips, Sampson, and Company, 1853



しかしここで嘆かわしい事態が発生しました、とジャドソン宣教師は続けます。


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――すでに母国アメリカで蔓延っている――あのファッションで身を着飾った女性宣教師たちが(ビルマに)到着し、、、私はおびただしいアクセサリー類を目の当たりにしました。

そして、虚栄という悪霊が今、女性宣教師たちの宣教ベースを荒らし回っていることに気づきました。

私はこれに関し、どのように対処すべきか迷いました。またこれに関し、何か行動を起こすにしても、自分はきっと支持されないだろう、いや、支持されないどころか、敵対さえされるだろうと思いました。

そこで個人的に勧告するだけにしました。しかし、勧告してもほとんど効果はありませんでした。

、、私は眠れぬ夜を過ごしました。



、、そしてついに最も恐れていたことが起こりました。

カレン族の人々とアクセサリーの悪について話し合っていた時、一人の現地人クリスチャンがこう言い放ったのです。「私は、あのすばらしい女性宣教師が、首からゴールドのネックレスをさげているのをこの目で見ましたよ」と。

現地の女性改宗者たちは、(そういった女性宣教師たちの)周りに群がり、「この人こそ、栄光に花咲くキリスト教国から来られた真のクリスチャン女性。」と思い込みます。

そして宣教師たちの金や宝石、イヤリング、ネックレス、ダイアモンドやルビーの指輪、手の込んだヘアー・スタイルなどを見、その後、(アクセサリーを使わないよう指導してきた)古臭い聖書教師の方を、とがめるような、そして勝ち誇ったような目つきで見るのです。

そして彼女たちは新鮮な渇望心に燃え、かつて捨て去ったはずの、あのアクセサリー類に再び飛びついていくのです。



そしてジャドソン宣教師は、母国にいる姉妹たちに次のように語っています。

ですから、姉妹のみなさん。あなたは今、暖炉の傍で静かに座っているかもしれません。あるいは礼拝の場を敬虔につくろっておられるのかもしれません。

しかしあなたはその悪い模範により、山を越え、海を越え、このジャングルの僻地まで、「虚栄」という毒をまき散らしているのです。あなたは贖い主の御国が建て上げられるよう、心から熱心に祈っておられます。

しかし軽率にも、あなたは、その行ないにより、悪魔の国を建て上げる介添えをしているのです。





主よ、汝はどこにおられますか?―エミー・カーマイケルの信仰詩

クリスチャン女性は、メイクや宝石・アクセサリー類についてどのように考えればよいのでしょうか。〔シリーズ1〕