その1)からのつづきです。

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ベン:人には生ける神との出会い(encounter with God)が絶対に必要だということを私は知りました。

それは私たちクリスチャンにとっても同様です。実際、毎週教会に通ったり、奉仕したり、聖書を読んでいたりしても、生ける神と出会っていないことがしばしあるのです。

イエス・キリストを心から信じ、聖霊によるバプテスマを受けた後、主はさまざまな形で私に語ってくださるようになりました。

そこで私は霊的日誌(Journal)をつけ始め、その時々に主が示してくださったこと、啓示、幻、預言などを綿密に記録していきました。時には夜中にそのような示しが与えられることもありましたので、日誌は枕元にも置いていました。


二つの問い


話は少し遡りますが、救われて最初の年、私は二つのことを主に問いました。

1.私は何のためにこの地上に生きているのか
仕事をして、家庭を築いて、車を購入して、、それだけが人生の目的なのでしょうか。

2.私のつき従っている神であるあなたが、本物の神であるということをどうか示してください。



私はこの二つの問いをもって毎日、毎日、主に祈り求めました。すると、ある日、主は私に「pastor」という一言をくださいました。

Pastor?パスタ―といえば、牧師のことではないでしょうか?しかしどう考えても自分には牧師としての適性がないように思われました。

そこで私は自分の教会の牧師さんにそのことを相談しに行きました。すると牧師は、祈った後、私をセル・グループのリーダーに置いてくださいました。しかし、やはり、自分の中で霊的にしっくりいかない部分があるのを感じました。





こうして歳月が流れていきました。私はなおも祈り続けていました。するとある晩、私は幻を見ました。

目の前に、大きな木製の門が立っていました。すると、そのゲートが開き、外から大勢のバックパッカーの若者たちがこちらになだれ込んできました。見ると、皆、泣いていました。そして泣きながらこちらに向かってくるのです。気がつくと、私も彼らと共に泣いていました。



若者たちを家に招く


それからしばらくしたある日の主日、私は教会の中でバックパッカーの若者たちに出会いました。彼らはクリスチャンの友人に誘われて、教会に来てみたのだそうです。

彼らを見た時、私の心は激しく動かされました。そしてすぐにその子たちを自分の家に招くことにしました。

最初の週、6名の若者が家にやって来ました。そして次週には10名やって来ました。そして12名、15名、20名と、、どんどん若者たちがやって来るようになり、わが家には収まり切れなくなりました。そこで牧師に相談し、教会の一室を借りて、そこに集うようになりました。


傷つき、さまよう若者たち


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バックパッカー、source


円座になって、彼らバックパッカーの子たちの話に耳を傾けていて、私は彼らの心の痛み、傷に深く心を刺されるようになりました。

台湾、香港、日本、韓国などからのアジア人の若者たちがほとんどですが、彼らは親の離婚、家庭問題、うつ、孤独、無目的、虚無など、多くの苦しみを抱えながら旅している子たちでした。

彼らの多くは四年制大学を卒業した後、エンジニアや専門職などの職業につきながらも、自分を見失っている状態にありました。

「何のために生きているのか?」
「どこに向かって生きていけばいいのか?」



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source



そんな問いを胸に、そして、あてもなく、彼らはオーストラリアの大地を転々と旅しています。


牧する者


この7ー8年の間に、私は一万人以上のバックパッカーの若者たちと邂逅してきました。出会いと別れ、出会いと別れ、、その繰り返しです。

そして多くの若者たちがイエス・キリストに出会うのを目撃してきました。

特に近年、台湾、香港の若者たちの心が主に大きく開かれているのを感じます。「旅びと」という特殊な状況が、彼らの心をより外に向かって開かせているのかもしれません。

彼らの多くは自分のもろさやbrokennessを包み隠さず語り、涙を流します。そしてそんな砕かれた魂に、主はやさしく触れてくださるのです。

彼らと別れる時、私は涙を流しません。それである子たちは、私が彼らを愛していないのだと勘違いします。

そんな時、私は彼らに言います。

「あなたに対する私の愛は、神様から与えられたもの。だからこれは単なる感情じゃないんだ。私は今、あなたを祈りの内に主の御手に委ねる。そしてこの先、あなたがどこに行っても主があなたの魂を導いてくださるよう、こうしてあなたを送り出そうとしているんだよ」と。

そして私は気づいたのです。――主のおっしゃったあの「Pastor」という語の意味を。パスタ―というのは、教会の牧師のことも指しますが、元々の意味は、牧場を牧する「牧者 shepherd」のことです。

ああ、私は外にいるバックパッカーという若者たちを牧者の心で愛し、彼らをイエス・キリストの御元に連れてくるという意味でのpastorの召命を受けていたんだ、とそのことに気づかされたのです。

またこの羊たちは、私の羊ではありません。イエス様はペテロに、「わたしの羊を牧しなさい」(ヨハネ21:16b)とおっしゃいましたが、「あなたの羊を牧しなさい」とは言われませんでした。

ですから私は自由です。教会の出席人数に一喜一憂する必要もありません。

私は種まきをしたバックパッカーのその後のことをほとんど知りません。そのことも感謝です。なぜなら、それは私が自分の手に握る領域ではないからです。


私:日本の兄弟姉妹のみなさんに応援メッセージがあったらどうぞ。


:多くのクリスチャンの方々が「最近、主に対して心が冷えている。説教を聞いても、賛美をしても、なにか心が燃え立たない。この霊的倦怠をどうにかしたい」と言ってこられます。

そんな時、私は彼らを激励し、言います。「あなたは今、他の誰かに霊的糧を分かち合っていますか?」と。

私たちは受けた恵みを流さないでいると、次第に肥満化したクリスチャン(fat Christian)になっていきます。

説教やメッセージを聞いたままにしていてはならず、それらを他の誰かと積極的に分かち合っていくことがとても大切だと思います。霊の燃え立ちも、その積極的な分かち合いの中で再熱していくと信じます。

ありがとうございました。


オーストラリアにいる日本人バックパッカーのみなさんへ。

パース市にいるベンさんに会いに行こう!

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バックパッカーのみんなと公園でピクニック (後列左から二番目がベンさんです!)


Kingdom Light Perth教会

日曜日午前9:30 (北京語・広東語バイリンガル礼拝)
場所:1 Hillview Place BENTLEY1, Perth

日曜日午前11:00(英語礼拝)
場所:29 Darnell Avenue MT PLEASANT, Perth

ベンさんのフェイスブック:benchan17@gmail.com




時代精神とクリスチャンの闘い

「心のふるさと」を求めてさまようバックパーカーの若者たちを愛して〔オーストラリア/ベン兄へのインタビュー記事〕