昨日、母が、6歳の時の私の日記をスキャンして送ってくれました。

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とし6さい

きぬこは しごとがいっぱいです、ばとんやぴあのとこーおしつやなど いろんなしごとをしているんです。

きぬこはいちばんすきなのは、えっちゃんがすきなんだよ。


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神の小さい娘でいつづけたい。

いつまでも。


 

こわいときには ぎゅっと目をつぶればいい。

そうやって おばけ屋敷も

かみなりも

みな過ぎていった――。





遠い地 知らない空の下で

迷い子のように 泣いている





いつも御父に抱かれていたい。

抱かれたまま 運ばれたい


ずっと ずっと

どこまでも。 




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