祈りのベールに関するVTRに新たに二つ、日本語字幕をつけました。

それをご紹介する前に、私は主の前に、そして愛する兄弟姉妹の前に、自分の罪を告白します。

ご存知のように1コリント11章の祈りのベールは、神への恭順、夫への恭順を表す聖書的シンボルです。

しかし私は昨日、夫への恭順とはほど遠い醜悪な言動を取ってしまいました。

「私はあなたに、ただあなたに、罪を犯し、あなたの御目に悪であることを行ないました。それゆえ、あなたが宣告されるとき、あなたは正しく、さばかれるとき、あなたはきよくあられます」(詩51:4)。

この罪を隠した状態で、祈りのベールに関する記事を書いたり、VTRを紹介したりするなら、私は最悪のタイプの偽善者になってしまうと思いました。

ある仲間のベールの姉妹が、そんな私に次のような激励のメッセージを送ってくださいました。

だからこそ、なお一層、ベールというシンボルが私たちに大切なんです。ベールは自分の責務や召しを私たちに思い起こさせます

そして神様はこのシンボルを用いて、私たちに自分の罪深い傾向を強く示してくださいます。そして具体的な生活のどの領域で私たちが主のみこころに従って生きていないのか教えてくださると思います。

これが私の経験してきたことです。

恥を忍んで言いますが、私もベールの指し示す意味に自分が実際に生きていない時が多々あり、そんな時、主はベールを通して、上に挙げたようなことを私に示してくださいます。



祈り

主よ、私は自分の中に潜む反逆心や醜い自我という罪と暗闇に圧倒されています。この罪の暴力が、いともやさしき御子の手首に釘を打ち込み、あなたの愛の心を突き刺しました。

私は祈りのベールの教えが聖書の真理であることを確信しています。それなのにそのシンボルが表す恭順に生きることができない自分がここにいます。しかしこの告白だけが私を偽善の罪から救います。

ですから私にはあなたの赦しと憐れみにすがるより他に道はなく、あなたの助けを求め御前にいます。

どうかこの罪びとを憐れんでください。そしてあなたの聖書の真理をふさぐ一切の暗きもの、醜悪なものを私の中から取り除いてください。1ヨハネ1:7、9のみことばを信じ、あなたにすがりつきます。

イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン。



VTR1

南カロライナ州、マウント・カルバリー・バプテスト教会
マーク・ミニック師の説教 (約7分)
"Head Covering: A Timely and Exciting Symbol"
「被り物―タイムリーで、エキサイティングなシンボル」


VTR2

ジェレミー・ガーディナー師のレクチャー (約7分)
"What is a Head Covering? Is it a Woman's Hair or a Veil?"
「被り物って何?――それは女性の長い髪のこと、それともベールのこと?」 


日本語字幕の出し方。画面の右下に、長方形のマークがあると思います。そこが字幕ですので、そこをクリックしてみてください。そうすると日本語が出てくると思います。このブログ上では字幕の文字が小さくて読みずらいと思いますので、その時には、右下の「全画面」のボタンをクリックしてください。画面が大きくなって、見やすくなると思います!










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依然として私は罪を犯してしまいます(Yet I sin)―ピューリタンの祈り

なぜパウロはローマでは「寛容」であったのに、ガラテヤでは「非寛容」だったのか?―G・メイチェン

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