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特定の場所や、人、もしくは物など、、一時的な性質のものに愛着を感じ始める時はいつでも、そういったものは私の元から取り去られていった。アーメン!この地上で一介の旅びと、そして巡礼者として生きてゆかんことを。そして私たちが皆、痛ましい変遷のもはや存在しないふるさと――より良い天にある国――に導き入れられんことを。

ヘンリー・マーティン(1781 –1812)
インドおよびペルシャへの宣教師



愛する兄弟姉妹のみなさん、このブログを通してみなさんと交わることができ、とてもうれしく思っています。

さてあさってから宣教の働きのため外に出かけます。5月中旬ごろにまた戻ってくる予定です。

出発に先立ち、私はこのブログを読んでくださっている若いクリスチャンのみなさんにメッセージを残していこうと思います。

☆☆

この世のメディアは毎日のように恐ろしいニュースを流しています。

そしてサタンは私たちの恐怖心をあおり、こうささやくのです。

「ほら、あそこは、住民を食い尽くす地だ。あそこにいる民はみな、背の高い者たちだ。彼らに比べれば、お前たちはいなごのような存在だ(民13:32、33参)」と。

そうすると、私たちは自分を守ることに精一杯になり、弱気になってこう言うのです。「ああ、私たちはあの民のところに攻め上れない。あの民は私たちより強いから」(民13:31)。

こうして民はパニック状態になっていました。

しかしその時、一人の男が立ち上がり、信仰によってこう宣言したのです。

私たちはぜひとも、上って行って、そこを占領しよう。必ずそれができるから。

民13:30



口語訳では、「わたしたちはすぐにのぼって(go up at once)、攻め取りましょう。わたしたちは必ず勝つことができます」となっています。

神の人カレブはここで「そうですねー、えーと、しばらく様子をみて、じっくり祈ってから、どうするのか決めましょう」とは言わず、「すぐに(at once)上って攻め取ろう」と仲間たちを鼓舞したのです。

また各地を巡回していたパウロはある晩、一つの幻を見ました。

ここで夜、パウロは一つの幻を見た。ひとりのマケドニヤ人が立って、「マケドニヤに渡ってきて、わたしたちを助けて下さい」と、彼に懇願するのであった。

パウロがこの幻を見た時、これは彼らに福音を伝えるために、神がわたしたちをお招きになったのだと確信して、わたしたちは、ただちに(immediately, εὐθέως)マケドニヤに渡って行くことにした。

使徒16:9-10



きっと前日までは、パウロの脳裏の中にマケドニアの「マ」の字もなかったと思います。彼としてはビテニヤに行きたかったのです。

しかしイエスの御霊はそれを禁じ(使16:7)、その代りに幻を通して、マケドニア・ミッションが示されました。

その際も、パウロは「えーと、これからじっくり祈って、黙想して、いろいろな方に相談して、fund-raising(宣教基金カンパ)の可能性を検討して、、、」ともたもたすることなく、ただちにマケドニアに渡って行くことにしました。

ガリラヤ湖で網を打っていたシモンとアンデレにも、ある日、突然、生涯を一転させるような出会いと召命が与えられました。

イエスは彼らに言われた。「わたしについてきなさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう。」

すると、彼らはすぐに(straightway, εὐθέως)網を捨てて、イエスに従った。

マルコ1:17、18



イエスの召しに答えるべく、彼らは少しの躊躇もなく、「Yes!」と即答し、きっぱり仕事をやめ、人間をとる漁師(宣教者)になる道を選び取りました。

日常から非日常へ、安定から(この世的な意味での)不安定、慣れ親しんだ環境から未知の領域へと、彼らは飛び込んで行きました。



つぎに続きます。


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