肉親の情との闘い


しかし私たちの家族はどうなるのでしょう。

まだ救われていない家族や親せきの近くに住んで、彼らに仕えることでやがて彼らが救われる――それこそ、主が望んでおられることではないでしょうか。

Think globally, act locallyというフレーズのごとく、世界の民の救いのために執り成し祈りつつ、実家にいて家族と共に過ごしてはいけないのでしょうか。

父も母も、祖父母もだんだん老いていきます。

彼らはみな私を必要としているのではないでしょうか。親を悲しませることは罪ではないでしょうか、、

そのような悩みをもつクリスチャンにイエス様はおっしゃいました。

「わたしについて来なさい。」しかしその人は言った。「まず行って、私の父を葬ることを許してください。」

すると彼に言われた。「死人たちに彼らの中の死人たちを葬らせなさい。あなたは出て行って、神の国を言い広めなさい。」

ルカ59,60



あなたは出て行って、神の国を言い広めなさい。」

また「主よ。あなたに従います。ただその前に、家の者にいとまごいに帰らせてください」とリクエストしたクリスチャンに対し、イエス様はこうおっしゃいました。

だれでも、手を鋤につけてから、うしろを見る者は、神の国にふさわしくありません。

ルカ9:62b



しかし私たちの家族は、そうはさせません。真っ赤に目を泣きはらし、「お願いだからうしろを見て、こっちを見て!正気に戻って!」とすがりついてきます。

そして「切実なる情」というものすごい力で私たちの良心を真っ二つに切り裂きます。

ここにおいて多くの宣教師は、人生の修羅場を通らされます。

主イエスご自身も、地上での宣教をしておられた時、そういった肉親の情との闘いをされました。

イエスの身内の者たちが聞いて、イエスを連れ戻しに出て来た。「気が狂ったのだ。」という人たちがいたからである。

、、イエスの母と兄弟たちが来て、外に立っていて、人をやり、イエスを呼ばせた。

、、「ごらんなさい。あなたのおかあさんと兄弟たちが、外であなたをたずねています。」と言った。

すると、イエスは彼らに答えて言われた。「わたしの母とはだれのことですか。また、兄弟たちとはだれのことですか。」

そして、自分の回りにすわっている人たちを見回して言われた。「ご覧なさい。わたしの母、わたしの兄弟たちです。神のみこころを行なう人はだれでも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです。」

マルコ3:21、31-35



私は神のためだけに生まれた。キリストは自分の父よりも、母よりも、妹よりも、家族よりも近い存在、いとも慕わしき友である。だから私は喜んでこの方に従っていこう。愛していこう。

ああイエス!私が求めているのはただあなたのみです。クリスチャンとして、奉仕者として、宣教師としてこれから私が通らなければならないすべての道の先駆けとなられた方、それはあなたです。

ヘンリー・マーティン



み言葉なるキリスト
われと ともにますとは
血を分けたる親子も
およばざる つなぎなり




信仰は生死の問題


それにしても、キリストは、聖書の示すとおりに、「私たちの罪のために死なれ、葬られ、聖書に従って三日目によみがえられた」(1コリ15:3,4)のでしょうか。

本当に地獄は、永遠の滅びは存在するのでしょうか。

本当に、「この人による以外に救いはない。わたしたちを救いうる名は、これを別にしては、天下のだれにも与えられていない」(使4:12)のでしょうか。

これらの問いに対して永遠の「Yes」、永遠の「アーメン」を答えた人は、イエス・キリストへの信仰が生死の問題であることを自分に、そして公に宣言することになります。

つまり、そこに人生を賭ける、もう後には引かない、ということです。


苦しむ民の元へ


イエス様のご関心はいつも失われた罪びとにあります。罪と闇の中で苦しむ民にあります。

ですからイエスの御霊を持つ私たちの関心も、失われた罪びとに向かいます。

ああ主よ、どうか私たちがあなたの心を持って滅びゆくこの世界を、この民を見ることができますように。

福音を聞くことなく永遠の滅びに向かいつつある魂の悲惨から目をそむけることなく、私たちが彼らを祈りの内にかき抱き、彼らの元に行くことを熱望するようになりますように。



死の陰に住み、死にゆくわが民。
絶望と飢えに囚われ 泣くわが子ら。

ああ たえまない わが心の悲しみ。


われいざ立ちて、彼らの枷をはずし、
その涙をぬぐわんと欲す。


誰がわれを呼び 彼らに救いをもたらすのか。
誰がわがために行き、わが愛を伝えるのか。


その日をわれ望む
わが子らが生き返るその日を。


歓喜の賛美が天に満ち、
全地をおおう その日を。


고형원, 사망의 그늘에 앉아, 私訳



ーもしこの地上で神に課された使命が自分にあるのなら、
私はどうしても死ねない。

ーキリストの働き以外に、わが人生に他の働きはない。

ーああ、主のために我をことごとく燃焼させたまえ!

ヘンリー・マーティン



愛する兄弟、愛する姉妹、あなたは行きますか。

イエス様の大宣教命令に、心からそして永遠に「Yes」と答えますか。

そしてその道にあなたの人生すべてを賭け、注ぎ出しますか。





私は汝のもの―フランシス・ハヴァーガルの信仰詩

人生をかけた召命への道――次世代の宣教師のみなさんへの応援メッセージ(1)