「ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。

あなたがたを離れて天に上げられたこのイエス(this same Jesusは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります。」

使徒1:11




「このイエス('This same Jesus')」!

おお、なんと甘美に
この言葉が耳に聞こえてくることでしょう!


もの寂しく、
しんと静まり返った夜警の時間に聞こえてくる
はるか彼方の調べのように。



「このイエス」!

かの日、かの荘厳な日の幻が、
真夜中の閃光のように
ひれ伏し祈る魂の内にぱっときらめく。



かつておぼろげにしか理解していなかったことが
今やあらゆる恐ろしさをもって啓示され、

ラッパの音と燃え立つような天と、
そして裁きの書の封印が解かれる。



その時、
私たちは「このイエス」を見る。


これまでずっと愛し、慕い求めてきたこの方を。

いとも麗しき救い主が
大いなる白い御座に着いておられる。



「別の人」ではない。

そう、この方ご自身が、
私たちの心の愛してやまない主イエスご自身が、

長い長い待望の年月の末に、
贖われたご自身の民のために戻ってこられる!



おお、「このイエス」を、私たちは讃えます。
不動なる私たちの主の御名を。


きのうも、今日も、とこしえまで。


おおイエス・キリスト、
あなたは永遠に変わることのないお方です。




Frances Ridley Havergal, 'This Same Jesus' —Acts 1:11
私訳


そこで、子どもたちよ。キリストのうちにとどまっていなさい。

それは、キリストが現れるとき、私たちが信頼を持ち、その来臨のときに、御前で恥じ入るということのないためです。

Ⅰヨハネ2:28



「すぐに来る」主イエスを待ち望みつつ―聖書ギリシャ語ερχομαιから伝わってくる再臨の躍動と確実性

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