見よ。わたしはすぐに来る。
(ιδου ερχομαι ταχυ)

黙示録22:12a



見よ=ιδου(イズー)
すぐに=ταχυ(タヒ)
来る=ερχομαι(エルホメ)

「すぐに」を意味するコイネー・ギリシャ語ταχυ(タヒ)は、現在でもταχέως(タへオス:【副】早く、迅速に、すぐに)、ταχύς(タヒス:【形】速い、スピーディーな)、 ταχύτητα(タヒティタ:【名】スピード)という形でギリシャ社会に生きています。

また、このταχυ(タヒ)と、走路/行程を意味するδρόμος(ドゥロモス)が合わさってできた言葉、ταχυδρομείο(タヒドゥロミオ)は、「郵便局」を表す現代ギリシャ語です。


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ギリシャの田舎にあるταχυδρομείο(郵便局)

おそらく、「スピーディーでταχυな行程(δρόμος)」という事で、元々、「飛脚」のような意味がそこに含まれていたのではないかと想像しています。

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しかし何より、みなさんに今日、お分ち合いしたいのが、「わたしはすぐに来る。」の「来る」に当たるコイネー・ギリシャ語ερχομαι(エルホメ)についてです。

主イエスの来臨を待望する私たちクリスチャンにとって、このερχομαι(エルホメ)という語はまさしく希望に満ちた語なのです。

この動詞は現在でも全く同じ風に使われています。つまり、「今まさに、来つつあります。I am coming!」というニュアンスなんです!

でも、この動詞にはちゃんと未来形もあります。ελεύσομαι(エレフソメ)です。(ちなみに、現代語の未来形ヴァージョンは θα έρθωです。)

では、なぜイエス様は未来形を使わず、現在形のこのερχομαι(エルホメ)を使っておられるのでしょうか?

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たとえば、玄関の外であなたの友達がドアをノックしています。しかし、あなたはまだ洗面所にいて、歯をみがいているとします。

「ああ、友だちを待たせては悪い」と思い、あなたは洗面所のドアを半開きにして、玄関の方に向かって大声でこう言います。「ちょっと待って。今行くから!」

この時の「今行くから!」はネイティブのギリシャ語では必ず現在形のερχομαι(エルホメ)です。θα έρθω(サエルソー, I'll come.)と未来形を使う人はまずいません。

じゃあ、どういう時に未来形を使うかといいますと、例えば、「来月、うちのお店に来てください。」と誰かに言われ、「ええ、そうします。うかがおうと思います(θα έρθω)。」という場合などです。

つまり、現在形のερχομαι(エルホメ)よりも、確実性の点でいまいちなのです。

「行こうとは思っているけど、来月、もし急用ができたら、その時には、『急用で行けなくなりました。』と電話すればいいっか、、」というような微妙な「不確かさ」がこの未来表現には潜んでいるのかもしれません。そんなニュアンスを感じます。

でもそれに対し、ερχομαι(エルホメ)は違います。エルホメと言う時、私やあなたには(精神的にであれ、物理的にであれ)、今まさに目的の場所に「行きつつある・行こうとしている」という力強い確信・意志があるのです

渋滞中の車の中から、待ちぼうけを食らっている相手に電話し、「ああ、ごめん、ごめん。今行くから!」というその「今行くから!」なのです。

ちなみに、さつま方言では、このερχομαι(エルホメ)に該当する動詞の用法があります。それは「来よる・行きよる, I am coming」です。「(動詞の語幹)+よる」で「今まさにその動作をしつつある」という躍動感を伴った表現をすることができるのです。

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ですから、ερχομαι ταχυ(エルホメ タヒ)とおっしゃったイエス様は、まさにそのような確実性と躍動感を伴う心的状況の中でこの言葉を発せられたのだと思います。

「子たちよ。私はまさに今来ようとしています。確実に来ようとしています」と。

これは静的な動詞でもなく、「いずれ来ようと思っています、、」というような不確かな表現でもありません。

ερχομαι(エルホメ)という時、この言葉を発する人は自分が100%そこに到着することを見通しています。積極的で、力強い確信に満ちた動詞です。

見よ。わたしはすぐに来る(ερχομαι ταχυ)。

わたしはそれぞれのしわざに応じて報いるために、わたしの報いを携えて来る。

黙示録22:12



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驚異に満ちて 上をあおぎ
 
天に開いている戸を、
その御座についておられる御方を、
一心に見つめます。

そして 手をさしのばし
汝ご自身に 触れんとします。

おおキリスト、われらが王、われらが主
汝を崇めます。

エミー・カーマイケル



マラナタ。主よ、来てください!



無名の聖徒たち(The Unknown Saints )―A・W・トーザー

待望の主イエス、この方が来られる!―フランシス・ハヴァーガルの信仰詩