親愛なる日本メノナイトブラザレン教団のみなさまへ

(および日本メノナイトブラザレン教団 福音聖書神学校の先生方へ)




主の御名を賛美します。

私はメノナイトの歴史や信仰のあり方にとても共感を抱き、これまでこのブログ上でも彼らの証しなどを積極的に取り上げてきました。

さて、愛する兄弟姉妹のみなさん、私は、貴教団が、今年の3月19日に行われた教団協議会において、信仰告白を改正し、その際に、これまでの教団の基本方針を変え、女性教職を承認するという新決定をされたことを知りました。(『クリスチャン新聞』2016年4月17日号二面)

どのような経緯の末「女性教職承認」という新決定がなされるに至ったのか、まったく存じ上げておりませんが、この知らせを受け、私の心は悲しみに沈んでしまいました。

福音主義フェミニズムの影響を受け、昨今、聖書信仰の教団内でも、女性教職を認める教団が増加しております。

そんな中、貴教団は2016年3月に至るまで、その潮流に抗し、あくまで聖書に忠実であり続け、教職の門戸は男性の方々だけに開いていたとうかがっております。

だからなおさらのこと、私は今回の貴教団の方針変更の報に接し、心うちひしがれております。

また、クリスチャン・トゥデイ誌にて、次のような記事を読みました。

審議委員長を務める武田信嗣牧師(武庫川キリスト教会)は、「最近の福音派の聖書信仰の枠内での告白であることには変わりがないが、従来の福音派色の強い信仰告白から、再洗礼派を源流とするメノナイトの流れを踏まえつつ、聖書的・宣教的・平和的という日本MBの三つの特色を前面に出した新しい信仰告白となっている」と説明する。



もしも「従来の福音派色の強い信仰告白から、再洗礼派を源流とするメノナイトの流れを踏まえること」が、今回の信仰告白改正の主要因の一つであったのなら、それならなおさらのこと、ジェンダー・フェミニズム問題に関し、歴代の聖書主義メノナイト教徒が貫いてきたような妥協のない姿勢を、私は貴教団の決定の内に見たかったです。そして今も「見たい」と熱望しています。

以前に私は次のような記事を書きました。

① 福音主義フェミニズムは、リベラリズムへの新しい街道?〔価値観の変異〕

② 「リベラリズム」と、「女性牧会職についてのフェミニズム的見解」との間にみられる相関性について――アメリカ福音教会の女性牧師是認の歴史から見えてくるもの



前者の記事では、ある教団が、福音主義フェミニズムに屈し、「女性教職承認」という最初の第一歩を踏み出す。――それが、リベラリズムへの新しい街道になっていることについて考察いたしました。

それをチャートにすると以下のようになります。

段階1) 聖書が誤りのない神の言葉であることを否定する。


段階2) 女性を牧師として是認する 


段階3) 結婚における男性のリーダーシップ(headship)に関する聖書の教えを破棄する。


段階4) 女性の牧師叙任に反対の声を挙げる牧会者たちを教団から締め出す。


段階5) 「あるケースにおいては、同性愛行為は、倫理的に妥当なものである」とする。


段階6) 同性愛者を牧師として是認する。


段階7) 同性愛の牧会者を、教団内のトップ(high leadership)に任命する。


Wayne Grudem, Is Evangelical Feminism the New Path to Liberalism?より引用



そしてこれが単なる机上の空論でないことは、メノナイト教団自身の歴史をみても実証されると思います。

例えば、1973年に、Mennonite Church USA教団は女性教職を承認しました。

それでは現在、この教団はジェンダー・フェミニズムの点で、どのような位置に立っているのでしょうか。

2014年2月、この教団は、レズビアンを公言しておられる女性の方を公式の教団牧師として認可し、叙任しました註1

註1)Clark, Heather (2 January 2014). "Mennonite Church USA Ordains First Openly Homosexual ‘Pastor’". Christian News Network. Retrieved 12 July 2014..

また昨年(2015年の暮れ)、教団内のWestern District Conference は、教団牧師が、同性愛者の結婚式を執り行うことを認可する決定を出しました註2

註2 Schrag, Paul. "WDC: Same-sex marriage won't bring censure". mennoworld.org. Mennonite World. Retrieved February 23, 2016.

1973年の「女性教職承認」という第一歩から、2014年の「レズビアン牧師承認」までのタイム・スパンは41年です。

つまり41年という歳月の間に、この教団はじわじわと福音主義フェミニズムの街道を下って行き、チャートの〔段階2〕から〔段階6〕まで進んでいったということが公に示されています。

もちろん、このタイム・スパンは、それぞれの教団によって異なると思います。

ある教団では、〔段階2〕から〔段階6〕に至るまで100年以上の年月を経ることになるのかもしれません。

でも、こういった実証研究から言えることは、――スピードの速遅に関わらず――一度、ある教団が「最初の一歩」を踏み出したなら、その進行は以後、着実に「進んでいく」ということだと思います。

ある到着点に向けて「進んでいく」と。

☆☆

再洗礼派のフェリクス・マンツ(28)が、殉教する直前に言った言葉が今でも私の胸に残っています。

「我々が教え、実践してきたこの洗礼こそ、イエス・キリストおよび聖書の教える洗礼であることを、今日、私は、自分の死をもって証しする。」

Fire in the Zurich Hills, p.288



当時のポリティカル・コレクトネスであった「幼児洗礼」という非聖書的な慣習に対し、勇気をもって声を挙げ、そして自分の死をもって証ししたマンツの火のような信仰は、メノナイト派の信仰の根幹に属するものだと思います。

そしてこれは、私たちクリスチャンすべてにとっても尊い霊的遺産だと思います。

16世紀のヨーロッパで火に水に剣に切り裂かれながらも、聖書の教えに忠実であろうとしたメノナイトのクリスチャンたちの信仰に倣いたいと願い、私は数か月前に、次のような記事も書きました。

あなたは踏み絵をふみますか?―16世紀のアナバプテストの若者たちの信仰と叫び 【同性愛と福音主義教会】



16世紀の踏み絵は、「幼児洗礼」でした。

そして21世紀の踏み絵の一つは、「ジェンダー問題」だと思います。

私の祈りは、主がフェリクス・マンツのような勇敢なキリストの兵士を起こしてくださり、ジェンダー・フェミニズム問題で、妥協のない姿勢を貫く教団が、日本の各地で保たれることです。

貴教団がこれからもますます世の光、地の塩として日本の地で輝き、用いられていきますよう、心よりお祈り申し上げています。

長いお手紙になってしまいました。

読んでくださり、ありがとうございました。



ミニ・エッセー

無名の聖徒たち(The Unknown Saints )―A・W・トーザー