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愛しい者よ、あなたは〔キリストの御言葉を〕聞くことにより信仰を受けました。

さあ、今、「主の祈り」に耳を傾けなさい。

あなたがこれから聞くこの祈りを前に、御使いたちは畏敬の念に満たされながらここに立っているのです。

天は驚愕し、地は震えています。肉はこの祈りの偉大さに耐えるすべを知らず、聞いても悟り得ず、知性で理解することもかなわず、あらゆる被造物もそれに耐久できないでしょう。

ですから私はこの祈りをあえて口にすることをはばかります。しかしああ、黙し続けることもできないのです!

神があなたにこの祈りを聞く力を与え、私に語る力を与えてくださいますように!


ペテロ・クリソロゴ(ラヴェンナの司教、5世紀イタリア)



「『主の祈り』の中には、福音全体を要約する内容が含まれています」と、2世紀のキリスト者テルトゥリアヌスは言いました。(Ante-Nicean Fathers, vol.3, p.681)

また、初代教会の研究者であるロイ・ハンマーリング氏は、「主の祈り」がどれほど初期クリスチャンの信仰や霊的生活に影響を及ぼしていたかについて次のように述べています。

「主の祈り」の力と奥義は、初期キリスト教コミュニティー生活にとり、それを計り知れないほど重要なテクストにしました。

その結果、初期キリスト教にとってまさしく「非常に高価な真珠」であった主の祈りは、――公同での礼拝から個々人の霊的生活における領域まで――クリスチャンのありとあらゆる信仰の側面に影響を及ぼすようになったのです


Roy Hammerling, The Lord's Prayer in the Early Church: The Pearl of Great Price. New York, NY: Palgrave Macmillan, 2010, p.9



こういう説明を聞くと、私は本当にゾクゾクします。みなさんはどうですか?

さらに、「『主の祈り』の力は、、」とテルトゥリアヌスも力説しています。「命を吹き込む聖霊の力に存しています。聖霊は、『主の祈り』を捧げる者が、神のご臨在の内に直接参入できるよう、力を与えてくださるのです。」


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テルトゥリアヌス(140-230)


一方、ニッサのグレゴリウス(335-394)も、「主の祈り」に内包される神の知恵の前に圧倒され、次のように感嘆の声を挙げています。

主は弟子たちに言われました。「だから、こう祈りなさい。「天にいます我らの父よ。」

また、ダビデは詩篇55:6で、「ああ、私に鳩のように翼があったなら。」と言いました。

ああ、私もダビデと同じような告白をします!

だれが私にそのような翼を与えてくれるのでしょうか。――それが与えられるなら、わが思いは、翼にのり、こういった深遠な〔主の祈りの〕御言葉の高みに昇ることができましょう。

そうすれば、私はこの地を後にし、天空を駈け廻り、夜空の星々とその美しい秩序を目の当たりにするでしょう。



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ニッサのグレゴリウスの思索と主への切望はさらに続きます。

しかし、その思いはここで止まりません。

それどころかそれはさらに進み、やがて、それは、流動したえず移り変わる一切のものに対し「よそ者」となる時点にまで進みます、、

ですから、まず私の思いは、絶え間なく流転し変化する一切のものから分離(detached)され、おだやかな霊的静けさの内に休息し、そういったものの内に導かれる必要があります。

そうすれば、永久(とこしえ)に変わらない不変のお方である主に似せられた者として変えられていくでしょう。

そうして後、わが魂は、いとも親しみ深きこの名をもって、この方にお呼びかけします。――「御父よ!」と。



北アフリカのアレクサンドリアに生き、255年拷問により殉教したオリゲネスは、Origen on Prayerの中で「主の祈り」について触れ、次のように言っています。

、、彼は、(肉的)感覚というあらゆる戸を閉じます

それにより、肉的感覚によって拘束されたり、そういった肉的印象により思いが塞がれることのないためです。

そして彼は御父に祈ります。そうです、御父はそのような「奥まった所("hidden place")」を遠ざけたり、見放したりされることはなく、むしろ、ご自身の独り子イエスと共に、その場所に宿ってくださるのです。

主は仰せられます。「、、そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたちはその人のところに来て、その人とともに住みます」(ヨハネ14:23)。


Origen on Prayer, Chap XII, The Lord's Prayer: The Preface in Matthew





その3につづきます。

おまけ

祈りと黙想へのいざない


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ああ、私たちも「奥まった部屋」(マタイ6:6)に入り、主との静かな交わりの時を持ちたいですね。そしてニッサのグレゴリウスが切望したように、私たちの魂も上へ上へと羽ばたいてゆき、そうして主の御臨在の深みの中に入っていけたらどんなにいいでしょう!

インストルメンタルの賛美曲を一つご紹介しますね。静かに黙想されるとき、みなさんの助けになれば幸いです。






永遠の〈今〉を生き、祈る。―「主の祈り」再発見の旅(3)〔有機的な一致を求めて〕

永遠の〈今〉を生き、祈る。―「主の祈り」再発見の旅(1)