だれでも、わたしにつまずかない者は幸いです。マタイ11:6

καὶ μακάριός ἐστιν, ὃς ἐὰν μὴ σκανδαλισθῇ ἐν ἐμοί.  ΜΑΤΘ.11:6



上の聖句の「つまずかない」の箇所には、新改訳聖書では、「*あるいは『腹を立てない』」と註がついています。

英語訳でも、KJV、ESV、NASB、NET、Holmanなど代表的な逐語訳聖書がここを「offend」と訳しています。(*ちなみに、日本語の「つまずく」に一番近い英語は「stumble」だと思います。)

Offend

〔受動態の形で]感情を害する。人が[・・に]立腹する。不快感を覚える。



Vine's Complete Expository Dictionary of Old and New Testament Words』をひもとくと、Offendを表すギリシャ語動詞scandalizo(σκανδαλίζω:スキャンダリーゾー)のことが次のように説明されてありました。

Skandalizo(<skandalon〔名〕、わな)

「道にわなや障害物を仕掛けること」を意味する名詞スキャンダロンから派生した動詞。



また、織田昭先生の『新約聖書ギリシア語小辞典』には、こう書いてありました。

〔受〕躓く。(先入観と食い違って)信仰が挫折する。不快で信じられなくなる。



みなさんもお気づきのように、英語やカタカナ語の「スキャンダル」「スキャンダラスな」は、このギリシャ語に由来しています。

そして、この動詞は、マタイの福音書の中で14回、マルコの中で8回、ルカの中で2回、ヨハネの中で2回、1コリ8:13で2回、Ⅱコリ11:29でも1回使われています。

マタイ13:55,57a

この人は大工の息子ではありませんか、、、こうして、彼らはイエスにつまずいた(Skandalizo)。



マタイ15:11,12

口にはいる物は人を汚しません。しかし、口から出るもの、これが人を汚します。

そのとき、弟子たちが、近寄って来て、イエスに言った。「パリサイ人が、みことばを聞いて、腹を立てた(Skandalizo)のをご存じですか。」



☆☆

先週の礼拝説教の中で、牧師さんが、「だれでも、わたしにつまずかない(Skandalizo)者は幸いです」というイエスさまの言葉の背景には、「イエスさま、そしてイエスさまの到来と共に訪れた神の国のethos(精神、エトス)の中に、この世の人々の不快感や怒りを引き起こすような「スキャンダラスな」要素が含まれている事実が反映されているのではないでしょうか」とおっしゃっていました。

それを聞いて、私は、なるほどそうだなあと深く頷きました。

たしかにイエス様の言葉の中には、誰が聞いても耳に心地よい優しいみことばがたくさんあります。

しかしそれと同時に、21世紀のポリティカル・コレクトネスの感覚からすれば「全くお話にならない」ほど、「狭量で」「原理主義的で」「非寛容で」「非現実的で」「常識外れで」「愛のない」み言葉も、同じイエスさまの口から語られています。

マタイ23:33

おまえたち蛇ども、まむしのすえども。おまえたちは、ゲヘナの刑罰をどうしてのがれることができよう。



マタイ5:22b

〔兄弟に向かって〕『ばか者』と言うような者は燃えるゲヘナに投げ込まれます。



マタイ5:32

だれであっても、不貞以外の理由で妻を離別する者は、妻に姦淫を犯させるのです。また、だれでも、離別された女と結婚すれば、姦淫を犯すのです。



マタイ6:24b

あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。



マタイ5:44b

自分の敵を愛しなさい。



ヨハネ14:6b

わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。






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もしもイエス様がこれらの御言葉一つひとつを「本気で」言っていたのだとしたら、どうなるのだろう?




上の言葉は、ある米軍のクリスチャン兵士が、兵舎で一人、福音書を読んでいた時、苦悶の内に自らに問うた言葉です。

「あなたの敵を愛しなさい、、、」

彼は、「スキャンダラスで」「常識外れな」イエスさまのこの言葉につまずき、文字通り「腹を立てた」のです。

そして眠れぬこの晩を境に、彼は新しい霊的探求の旅を始めることになりました。

マタイ11:6

だれでも、わたしにつまずかない者は幸いです。



1コリント1:23、24

しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。ユダヤ人にとっては つまずき(skandalon)、異邦人にとっては愚かでしょうが、

しかし、ユダヤ人であってもギリシヤ人であっても、召された者にとっては、キリストは神の力、神の知恵なのです





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祈り


イエスさま、この世にあってあなたに従う道は、祝福の道であると同時に、多くの人々の怒りを買い、不快感や憤りをもたらす、茨と辱めと嘆きの道であることを覚えます。

地上の国のエトスと、あなたの国のエトスの間には摩擦と本質的な非融和性があり、それゆえに、私たちは天の民として、さまざまな場面で非常な葛藤を覚えています。

そして「スキャンダラスな」あなたの弟子である私たちは、大なり小なり、自分たちのいる領域で、「スキャンダラスな」存在として、疎まれ、嫌われ、憎まれます。(ヨハネ15:18-23)

主よ、どうか私たちがこれらの試練や圧力に耐え、あなたの弟子として地上のコースを走り切ることができますよう、私たちを助けてください。

片時も私たちから離れないでください。

この世にあって、私たちは疎外者であり、巡礼者であり、安定した場所もなく、すべての希望は、ただあなたの内にのみあります。

御国が来ますように。

神よ。あなたが天であがめられ、あなたの栄光が、全世界であがめられますように(詩57:5)。

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