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Basilea Schlink, Der Friede kommt, 1981


バジレア・シュリンク著 「真実な平和を求めて」より一部抜粋





平和運動はますます広がりつつあります。

平和が宣言され、平和のシンボルである鳩のポスターが貼られ、平和スローガンが叫ばれている今日です。



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そして、何十万もの人が群れをなして平和のための行進に参加しています。

これは、新しい時代と新しい世界の前触れなのでしょうか?

わたしたち自身、どの側につくか決断しなければなりません。ですから、このことについて考えをめぐらせないわけにはいきません。

☆☆

、、平和の君なるイエス・キリストに従って行く道のみが、平和に至る道です。

この道を歩まない限り、何千もの人々が平和をアピールして行進したり、デモを行なったとしても、世界に平和は訪れません。

そこには、平和の理想を単純に信じやすい人々や、戦争の不安に駆り立てられた人々が多く混じっているかもしれません。

しかし、平和運動の中に、憎悪や争い、暴動へのそそのかし、無神論者として神に敵対し相手側との戦いを呼びかけ、更には破壊と暴力を肯定するような人々のグループが含まれている限り、この運動は決して世界に平和をもたらしめません。

むしろ、わたしたちの態度は次のようであるべきです。

平和を実現するためにイエス・キリストによって変えられ、家庭でも職場でも争わず和解の中に生き、平和を守ることです。そうすれば世界に平和が訪れます。

☆☆

、、今日の平和運動の姿は、たとえ多くのクリスチャンや牧師、さまざまな宗教の代表が参加したとしても、聖書的ではありません。

イエスは終わりの時代について、「民は民に、国は国に敵対して立ち上がる、、、」(マタイ24:7)と述べられました。

そして、ヨハネの黙示録には次のように書かれています。

「すると、火のように赤い別の馬が現われた。その馬に乗っている者には、地上から平和を奪い取って、殺し合いをさせる力が与えられた、、、」(黙6:4)。

また、いわゆる「ラッパの審判」(黙8、9章)において、聖書は恐るべき規模の戦争を預言しています。

わたしたちは自分の生き方を一新し、悔い改めや祈りによって、そのために備える必要があります。

そして、起こるであろう戦争に対して、神のこの裁きに憤慨し行進するのではなく、むしろ、恵みの時の延期と裁きの緩和を祈り求めるべきです。

わたしたちは、デモ行進によって神の裁きを阻止することができると自負しています。

しかし、神へのあらゆる冒涜とその他、天にまで届く罪に対する神の今に至るまでの憐れみと忍耐の末、神の義が審判を下されるでしょう。

それにもかかわらず人は、いわば神のご計画に介入し、デモなどにより平和を無理にでも得ようとするのです。

かえってそのようなデモ行進は、最終的に神に敵対するものとなります。

ですから、あらゆる政治的な平和運動は、単にユートピアだけではなく、惑わしなのです。



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2012年タイで開催された他宗教間フォーラム
「宗教的ハーモニーと紛争解決を通した世界平和を実現させるために」




イエス・キリストの定められた平和の前提条件に逆らう道は、戦争へと導くのです。

そして多くの人々が神の戒めの道を歩むときにのみ、平和が訪れるのです。

☆☆

大衆が蜂起し、自分たちの気に入らないものすべてに対してデモ行進をし、その際、暴力を振るったり、物を破壊したりするまさにこの時代において、イエスの周りにもご自分に従い行く人々が集まっています。

名実ともに、「平和の君」と称せられるイエスの集められる群れは、反乱者たちではなく、イエスを模範とし、その呼びかけに従い、神の印を押された人々から成っています。

憤慨する人々からの挑戦のもとに、イエスに従い行く人々の群れは、かつてないほど速く、そして大きく結晶しつつあります。イエスはこの群れを用いて、世界に平和をもたらされるでしょう。

罪と不法がかつてないほど勝ち誇る現代、この群れは憎悪、不正、侮辱、更に牢獄と収容所での迫害にあって、真のイエスの弟子として強められています。

この平和の君に属する人々の群れは成長しつつあり、イエスの再臨の日までに数においても、質においても完全なものとなるでしょう。

☆☆

罪は、人々の、あるいは国民の滅びであるということは変わらない事実です。

罪は憎悪を生み、それは戦争につながります。どんな平和行進もそれを防ぐことはできません。

あらゆる罪の悔い改めなくしては滅びのみであり、戦争が起こります。

周知のように、核戦争が起これば、今度こそ、かつてないほど大規模な破壊を招くでしょう。

☆☆

イエスは今、恐ろしい戦争への危機にあって、平和と反戦を叫ぶのではなく、御自分とその戒めに従い、平和のためになることをするよう、わたしたちに忠告しておられます。

もし、わたしたちがそうするならば、イエスほどに、平和を与えようとされる方はほかにおられません。

ですから、イエスを選び、御言葉に従って行動しましょう。

イエスは真理であり、わたしたちに真理を教えてくださいます。

イエスとは異なる精神に導かれているような平和運動に入るのではなく、平和の君なるイエス・キリストのもとに集まりましょう。

わたしたちがご自分の敵である人々と共に行進するのを、イエスが目にされるようなことがあってはなりません。

そんな行動によって、イエスを悲しませることがありませんように。

わたしたちは、真意を見極めずに同調することによって、彼らと共に次の世界大戦争への道を開きたくはありません。

☆☆

イエス・キリストは今日、その平和の御国が訪れるようにと、わたしたちをご自分のもとに招いておられます。

来たるべきキリスト再臨の日に、時は満ち、イエス・キリストは御国を建設されます。

その時、平和と愛、喜び、義と真実がこの世を支配します。

イエスの道を歩み、イエスに忠実な人々の群れに加わろうではありませんか。


ー抜粋おわりー

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私がなぜリベラル左派の方々の推し進めておられる「平和運動」に同意できないのかについてお答えします。

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