私の祈りが、御前への香として、
私が手を上げることが、夕べのささげ物として
立ち上りますように。

詩篇141:2





Matthew Henry's Commentaryより



この詩篇を書いていたダビデは苦難のただ中にありました。

彼はおそらくその当時、サウルに激しく追われていたのです。



主よ。私はあなたを呼び求めます。
私のところに急いでください。
私があなたに呼ばわるとき、
私の声を聞いてください。(1節)




あなたも今、苦難のただ中にありますか?

ダビデがそうしたように、主を呼び求め、そして慰めを得ましょう。

☆☆

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また、もうひとりの御使いが出て来て、金の香炉を持って祭壇のところに立った。
彼にたくさんの香が与えられた。
すべての聖徒の祈りとともに、御座の前にある金の祭壇の上にささげるためであった。
香の煙は、聖徒たちの祈りとともに、御使いの手から、神の御前に立ち上った。
黙8:3-4




祈りというのは、霊的ないけにえであり、魂から注ぎ出されるそなえ物です。

そして神に対してなされる最高の愛の表現です。


私の祈りが、御前の香として、、」


ダビデはこういった祈りが「香(incense)」として御前に立ち上りますようにと嘆願しています。

香というのは、日々、金の祭壇の上で焚かれていました。


夕べのささげ物として、、」


どうして彼は、朝ごとのささげ物とは言わず、「夕べのささげ物」とここで言及しているのでしょう?

おそらく、これが夕べの祈りであったからでしょう。

もしくは次のようなことも考えられます。

それは、彼が、キリスト――世の夕べに、そして夕暮れに、贖いのいけにえとしてご自身を捧げられ、肉的な律法の掟の数々をお廃しになられることで、霊的犠牲のみわざを成し遂げられた方――に目を注いでいたからだともいえるかもしれません。

ダビデは今、神の庭から追放され、いけにえや香を捧げることができない状況にありました。

ですから、「私の捧げる祈りが、それらの代わりとなりますように」と切に嘆願しているのです。



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一人静かに神の前に跪き、夕べの祈りをささげる女性


下の賛美集の6番Let my prayer arise - Great Prokeimenon(12:20~)が、詩篇141:2を歌っています。(収録時間6分)。

詩篇141のこの聖句を歌ったPsalmody(詩篇歌)の中でこれほど美しく深い賛美を私は今まで聴いたことがありませんでした。

古代教会スラブ語で歌われていますが、地上的言語の壁を突き抜け、礼拝者の「霊とまこと」(ヨハネ4:23)が直に伝わってきます。








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