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信仰のあり方や女性としての生き方を模索する中で、私はずっとrole model(手本となる人、模範)を求めてきました。

そして確かに主はすばらしい年配の女性たちとの出会いや交わりの場を私に与えてくださいました。

そのことは感謝してもしきれません。


しかしながら、それと同時に気づかされたのは、世代や文脈といった意味で互いの間にどうしても横たわるギャップでした。

また、生まれ育った国や文化、教育、霊的環境といったものも、皆それぞれ異なっており、こういった相違も「神さまによる多様性」という美点を持つ一方、「誰かの信仰や生き方をそのままコピーすることはできないんだなあ」と、もう一つの現実にも直面しています。

自分としては、もっと手取り足取り、いろんなことを教えてくれる女性が身近にほしかったなぁ。。

その意味で、人間存在の唯一性(独自性:uniqueness)は、喜びであると同時に、また哀しみでもあるのかなあと思います。

でも、その哀しみは、私たちを真の模範であるイエス様に近づける原動力として用いられると思います。

ヘブル12:2a

信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。



信仰の創始者(πίστεως ἀρχηγὸν)。

この「創始者」を表すギリシャ語archegosは、αρχη (arche:初め、支配、本源)と、ηγουμαι(導く)という語が合わさってできた語です。

NET訳では、パイオニア(先駆者)と訳されています。

また織田昭先生は、「(道を切り開いて)導く者」と辞典に記しておられました。

イエス様が「道」(ヨハネ14:6)であると同時に、信仰の道を切り開く導師であり、またパイオニアであるというのは、とても意味深いことのように思われます。

そして、このイエス様の霊を宿す弟子として、みなさんや私もまた、それぞれがパイオニア的存在として、今それぞれの持ち場に遣わされているのだと思います。

私たちの前に、今現在、人間的な意味で、「平らな道」は存在していないのかもしれません。

でも、この暗き道を照らすは、主のみことばであり(詩119:105)、主のさとしこそが私たちの相談相手です(詩119:24)。

、、イエスから目を離さないでいなさい。



私たちが混迷する21世紀のこの世に生かされているのも、主の深い知恵とご配慮によるものだと信じています。

そして主は、この世代に対し、私たち一人一人を余すところなく用い、ご自身の使信――恵みの福音――を語ってくださると信じます。

みなさん、お互いに置かれた場所で、先駆者であるイエスさまと共に、そしてイエスさまの中で、道を切り開いていきましょう!



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