もしも私たちの内に人々に対する十分な愛といつくしみの心があるのなら、――たといどんなに深い井戸の中に彼らがいようとも――私たちはなんらかの形で、彼らに話しかけ、対話する道を見い出すものである。

Frances A Schaeffer, The God Who Is There




ドイツの難民施設内で行なわれていた子ども集会に参加した時のことです。

8-9才くらいのアフガン人とみえる痩せた男の子が、眉間にしわを寄せ、思いつめたような表情で私の所にやって来、こう言い放ちました。

「ここにいる人たち(=クリスチャンの奉仕者たち)は皆、カーファルだから気を付けなきゃいけないってお母さんが言ってた。」

☆☆

カーファル(كفّار kuffār)というのはアラビア語で「未信者(非イスラム教徒)」を指す語です。

そして普通、ムスリムの人々が「○○は、カーファルだ」という時、そこには「背教者、不浄人、神の道を捨てた冒涜者」などの意が込められており、必ずマイナスの意味を伴っています。

つまり、これは一種の蔑視語であり、差別用語なのです。


しかしこの子の挑戦的で「失礼な」語調の奥には、あきらかに不安ととまどいの気持ちが見え隠れしていました。

イスラム教国のイスラム家庭で生まれ育ち、難民としてヨーロッパにやって来た一人の男の子。

これまで慣れ親しんできた環境を突然離れることになり、この子なりに「世界観の揺れ」のようなものを漠然と感じているんだろうなあ、かわいそうにいろいろ不安なんだろうなあ、となんだか不憫さと愛しさの入り混じったような気持ちになりました。


「ああ、そうなんだ。お母さんが、『あの人たちはカーファルだから気を付けなくちゃいけないって言ってるんだね。』」

「うん。」

「お名前は何ていうの?」

「モハンマド。」

「ねえ、モハンマド君、カーファルってさ、神さまの道を捨てた人のことだよね?」

「うん。」

「そして、神さまの道を捨てた人っていうのは、神さまが嫌いな人だよね?」

「うん。」


「でも、ほら、見て。あそこにいるお姉ちゃんたち(=奉仕者たち)はさ、『神さま大好き』っていつも歌ってるよね?そして毎週、ここに来て、神さまのお話をしてる。

モハンマド君、どう思う?神さまが大好きなお姉ちゃんたちは、ほんとうに『カーファル』なのかな?そのことを一緒に考えてみない?」


(モハンマド君、黙ってじっと考えている。)


モ:(しばらく考えた後で)「でも、やっぱり、お姉ちゃんたちはさー、モサルムーン(muslimūn (مسلمون):ムスリム)じゃないんでしょ?」

私:「モハンマド君、『モサルムーン』ってどういう意味か知ってる?」


(モハンマド君、首を横に振る。)


私:「えーとね、モサルムーンっていうのはね、アラビア語で、『神様に従う人』っていう意味なんだよ。

それで、私はモハンマド君に、ひとつ訊きたいことがあるんだ。

ここにいるお姉ちゃんたち皆、心から神様を愛して、そしてモハンマド君たちを愛している。

それはね、お姉ちゃんたちが、神様に従いたいって思ってるからなんだよ。

その一方で、口先だけ、『僕たちはモサルムーンだ』って言いながら、いつも嘘ばかりついて、家ではお母さんや子ども達を殴ったり叩いたり、他の男の人たちとけんかばかりしている人たちもいるよね?

それじゃあ、どうだろう?

神さまの目に、どっちが本当の「モサルムーン」なんだろうか?

そこらへんのことも、モハンマド君、よーく考えてみて。」


おわりに


イエスさまは、天から来られ、天のすべての奥義に通じておられる方でした。

私にとって感動的なのは、そうであるにも関わらず、イエスさまは、むずかしい抽象用語ではなく、「種」とか「鳥」とか「パン種」とか「野花」とか、私たちに分かることばで真理を語ってくださったことです。

異文化・異宗教の人々の間に入って行き、福音を伝えるよう召されている私たちも、やはりイエスさまのこの心をもち、彼らの世界観やメンタリティーを理解しようと努めつつ、彼らに分かることばでイエスさまの愛を伝えたいと願います。

それは困難な道です。

しかし、真実に人を愛する「愛」は、海を越え、山を越え、険しい渓谷を越え、相手の心に通じる「道」を見い出そうと、今日も、血にそまった御手をさしのべておられると思います。

どうか私たち一人一人がその愛を運ぶ、小さな器となりますように。





付録です


今、アフガン人難民の子どもたちの間で、とっても人気のある賛美の歌を一つご紹介します。

なぜ彼らがこれほどこの賛美を好きなのか理由はよく分かりませんが、ムスリムの子であろうと、クリスチャンの子であろうと、とにかくみんな、この賛美が大好きです!

そして何百人という子どもたちが、すでにこの賛美を丸ごと覚えているんです!







عیسی منجی من
(♫イッサー、モンジエ マン=「イエス、私の救い主」)



.イッサー モンジエ マン
シャバーネ ニークイェ マン
ハフェゼ ジャーネ マン
トイ ガムハーレー マン (X2)

イエス 私の救い主
私の良い羊飼い
私の魂の守り主
私の悲しみを背負ってくださる方。



*トイ ヤーヴァレー マン
ト マダット カーレ マン
トイ アン サフレイェ オストヴァーレ マン (X2)


あなたは 私を支えてくださる方。
私の助け主。
私の堅い岩であられる方。




.トー フルーゲ ジャハーン
アーボ ハヤ―テ ザマーン
トー アザーリ ハスティー
アバディー ジャーヴェダーン (X2)

あなたは世界の光。
私たちの生ける水、そしていのち。
[創造の]初めからおられる方
あなたは永遠のお方。




楽譜です↓
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