ルカ18:28-29


すると、ペテロが言った。「ご覧ください。私たちは自分の家を捨てて従ってまいりました。」


イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。神の国のために、家、妻、兄弟、両親、子どもを捨てた者で、だれひとりとして、この世にあってその幾倍かを受けない者はなく、


後の世で永遠のいのちを受けない者はありません。」





今日、愛する姉妹が私に、上のみことばを送ってくださいました。


そしてこのみことばを通し、私は、3世紀のカルタゴに生きた、ある一人の若い女性のことを思い出しました。


ペルペチュア(Perpetua)という名のクリスチャンです。


それでは、これからみなさんとご一緒に、初代教会期の北アフリカに心と思いをはせつつ、彼女の人生を辿ってみたいと思います。


☆☆


22歳の若いペルペチュアが、女召使のフェリシタスと共に、求道者・初信者のためのバイブル・クラスに初めて足を運んだのは、折しも北アフリカの教会に大迫害が加えられている、まさにその時期でした。


時の皇帝セプティムス・セヴェルスは、AD202年に法令を発布し、帝国民がキリスト教ないしはユダヤ教に改宗することを禁じました。




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Septimus Severus



セプティムス皇帝自身は、エジプト神セラピスの崇拝者であり、帝国内に増すキリスト教徒の数に脅威を覚え、禁令を発したのでした。




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異教セラピス神




特に教会成長のめざましかった北アフリカにおいては、改宗を禁じるだけでなく、「キリスト教を教えたり、改宗者を作ったりする者」にも厳刑が処されることになったのです。


にもかかわらず、カルタゴ教会の牧師サトゥラスは、求道者のためのバイブル・クラスを開き続けていました。



☆☆


ペルペチュアには生まれたばかりの赤ちゃんがいました。


彼女の夫については何も記録が残っていませんが、歴史家によれば、なんらかの原因で夫は死んでしまったか、あるいはペルペチュアがイエス・キリストに信仰を持ったゆえに、彼女を捨て去ったのではないかと推測しています。


また、The Passion of Perpetua and Felicitasという資料によれば、信仰をもってまもなく、ペルペチュアは、サトゥルス牧師や、女召使のフェリシタスなどと共に、捕縛され、投獄されたようです。





イエス様か家族か




彼女は良家の出の娘さんでした。おそらく当時の貴族階級にあたる家柄だったのではないかと思います。


その地方の有力名士であったペルペチュアの父は、大切な一人娘が、なにやら新しい宗教を信じ、そのために一般犯罪人として投獄されたという知らせを聞くや、すぐに刑務所にやって来ました。


牢の中にいる娘をひと目みた父親は、胸をかきむしられるような思いで、叫びました。


「ああ、愛する娘よ。なんということだ。この光景をみるに堪えない。娘よ、すぐにその新興宗教を棄教しなさい。後は私がお前の釈放のためになんとか取り計らってあげるから。」


「いいえ、お父さま。それはできません。私は死に至るまでこのお方に忠実であり続けるつもりです。ですから、棄教はいたしません。」


それを聞いた父親は、怒りの余り、すんでのところで愛娘をひっぱたくところでした。


しかし、そういった父の怒りも彼女の決心を変えることはできませんでした。






乳児である息子と引き離され




しかし彼女のケアを必要としている幼い息子のことを考えると、さすがの彼女の決心もぐらついてくるのでした。


「あの子は今、どこで何をしているのかしら。誰があの子にミルクを飲ませてあげているのだろう。夜泣きをした時、誰があの子を抱き上げてくれているんだろう?ああ。」


ペルペチュアは、息子いとしさに、もう信仰も何もかもすべてを忘れ、家に帰りたいとさえ願う自分を発見し、愕然としました。


「ああ主よ、息子にこのまま会えないと思うと、私はもう気が狂いそうです。息子に会いたい。ああ、どうか私の信仰を支えてください。」


そうした危機の中、ある二人のクリスチャンが、獄にいるペルペチュアの元に息子を連れてくることに成功したのです。


その時の心境を彼女は次のように記しています。



息子は飢えで気を失いかけていました。私はお乳をあげました。


そして私は、母と兄を慰め、息子の将来を彼らに託しました。


しかしああ、家族は、獄にいる自分の事で心を痛め、苦しんでいました。彼らの苦しむ姿をみることのなんという辛さ。


こうして何日も私はこういった試練の下にありました。


しかし幸いなことに、息子と獄中で過ごす許可がおりました。


その許可が下りるや、たちまちのうちに、私の体力は回復しました。








家族の切なる嘆願



彼女の処刑の日が近づくと、家族との間の問題はますます辛いものになっていきました。


父親は再度、獄にやって来、「自分の信心よりも、まずは家族のことを思い遣ってほしい」と嘆願しました。


「お前の身にこのようなことが起こるなら、私たちは今後、一生、悲しみと恥辱のうちを歩くことになるのだよ。」


「でも、お父さん、神様の許しのうちに、この処刑は行われます。私は今、自分自身の力ではなく、主の力の内に置かれていることを感じています。」




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ペルペチュア





翌日、娘が、円形闘技場で、しかも、野獣に食い殺されるという残酷きわまりない仕方で処刑されるという知らせを受けた父親は、なんとかして娘をその悲惨から救い出そうと当局に働きかけました。


しかし、それらは無下に却下されただけでなく、当局は、老いたこの父親をなぐり始めたのです。


それは娘である彼女にとって見るに耐えない光景でした。



父のこの窮状を目の当たりにし、私の胸は張り裂けんばかりでした。





しかし父親はそれでもあきらめませんでした。


彼はなおも獄にやって来、乳飲み子を彼女に首もとに置いたまま、こう言いました。


「娘よ、どうか私たちを憐れんでほしい。私たちと一緒に生きる道を選んでほしい!」







死に至るまで忠実であれ




処刑の日、ペルペチュアをはじめとする信仰者たちは、闘技場に引き出されました。




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サトゥルス牧師や他の兄弟たちは、まず観客のエンターテイメントのため、拷問にかけられました。


アリーナ闘技場の入り口で、サトゥルス牧師は最後の証の言葉を、獄長であったプーデンスに語りました。


記録によれば、後にプーデンス自身、キリストに信仰を持つようになり、自らもまた殉教の道を歩んでいったということです。


男性の信者たちは、熊や豹や野生イノシシの中にほうり込まれました。


サトゥルス牧師はあまりにも全身ずたずたにされ、血まみれになったため、観客たちは、「見ろ、あいつはどっぷりと洗礼の恵みに与ったぞ!」と嘲り、叫びました。


ペルペチュアと召使フェリシタス(彼女は妊娠8カ月の時に逮捕され、獄中で出産していました)が今度は、「狂った雌牛」の前に引き出されました。


しかし、彼女たちの悶絶の苦しみに、さすがの観客も見るに耐えなくなったらしく、「もう十分だ!」と叫び始めました。


その後、斬首される寸前、ペルペチュアは、悲しみに嘆くクリスチャンの仲間たちにこう呼びかけました。



どうか神様のみことばを、これからも兄弟姉妹と分かち合ってほしい。


みんな、信仰に堅く立って。それからお互いに愛し合ってほしい。


ああ、どうか私たちの苦しみが、あなたがたにとってつまずきとなりませんように。








おわりに




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「こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのです」とヘブル人への手紙の記者は、私たち信仰者を励ましています。


「私たちも、いっさいの重荷とまとわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競争を忍耐をもって走り続けようではありませんか。」(ヘブル12:1)


何が、22歳のこの女性をこれほどまで強くしたのでしょうか。


いったい何が、彼女をして、肉親の情との壮絶な闘い、そして最愛の息子との地上での別離を耐え忍ばしめたのでしょうか。


その鍵は、次の節にあると思います。



「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。」(2節)





どうか私たち一人一人が、信仰の創始者であり、完成者であるイエスさまから目を離さず、ペルペチュアをはじめとする先人たちに倣い、最後の最後まで信仰のレースを全うすることができますよう、主よ、助けてください。アーメン。




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