爪草の花0912



第2章


殉教の道から私を「救い出そう」としないでほしい




おべっかを使ってあなたがたの好意を得ようとする者ではなく、あなたがたと同様、私も神だけをお喜ばせしたいと願っています。というのも、神の御元に達することのできるこのような機会は、またとないからです。


あなたがたにしてもそうです。というのも、もしもあなたがたが[私の助命のために声を挙げるのではなく]、むしろ今、沈黙を保ってくださるのなら、さらに善い働きとしての誉れに与ることができるからです。


私に関し、あなたがたが沈黙してくださるなら、私は神のものとなることができます。しかしもしあなたがたが、私の肉体に対して愛を示すなら、私は、この地上でのレースを再び走らなければならなくなるでしょう。


ですから、祭壇がまだ整えられているこの期間に、私が神への犠牲として自らを差し出すことができるよう、どうかこれ以上のご親切をなさらないでくださるようお願いします。


そうすれば、愛のうちに集められ、あなたがたはキリスト・イエスを通して御父に賛美を捧げることができるでしょう。


そして、神はシリアの監督である私を、東[=アンティオケ]から西[=ローマ]まで遣わすにふさわしい者とみなしてくださるでしょう。この世に対して落陽し、神に向かうことは良いことです。――そのようにして、神の元に昇ることができるからです。




Kinuko's note:


καλον το δυναι απο κοσμου προς θεον, ινα εις αυτου αναστειλω.

(=この世に対して落陽し、神に向かうことは良いことです。)


イグナティオスは、東方にあるアンティオケから西側ローマに、今まさに送還されようとしている自分の状態を、「西の落陽」と「東の曙」になぞらえ、この文章を、ινα εις αυτον αναστειλω([この世に別れを告げ]神の元に高く昇らんがため)と結んでいる点がとても印象的でした。


δὐνω(太陽が沈む)⇔ ἀνατέλλω([太陽が]昇る、輝く)


死を――しかももっとも残酷な形の死を――目前にしていたイグナティオスでしたが、彼の信仰の目と魂は、すでに、復活の主イエスと共に高く高く飛翔していたのでしょう。





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日々の悔い改めと恵み―ピューリタンの祈り

イグナティオスのローマ人への手紙 【AD2世紀前半、初代教会】 はしがき&第1章―私はあなたがたに会いたい!