Letting Guys be Guys: Making Room for Strong Masculinity by Leslie Ludy, 2012


LeslieLudySquare-150x1500913.jpg
Leslie Ludy




最近、私は、ある女性集会でお話をしたのですが、その席で私は主人のエリックにもスピーチを頼みました。


そこで、集会の締めとして主人が、情熱と権威をもち真理を語ってくれたのです。彼の言葉は愛と憐れみに満ちていましたが、それと同時に力に満ちたものでもあり、多くの女性たちが感銘を受けたそうです。


しかしながら、そんな彼のメッセージにひどく憤慨された女性たちもおられました。彼女たちの憤慨は、主人の語った真理そのものに向けられていたのではなく、彼が力をもってそれを語った、その行為に気分を害されたのでした。


端的にいうと、問題は主人の語り口が、ちょっと「男らしすぎた(too masculine)」ことにありました。もちろん、これは女性の集会だったので、こんなに「男性的な」何かを聞くことになるとは予想していなかった方もおられたのかもしれません。


しかし、一人の女性として私は個人的に、福音の真理をこのように力強く、権威の満ちた仕方で語ろうとしている男性の姿に、励ましと感銘を受けます。


しかし現代の多くの女性たちは私とは違った見解を持っていらっしゃいます。彼女たちは、気骨があり、剛毅な男性よりは、やんわりしたソフトな話し方の、ちょっと及び腰の男性の方を好んでいるようなのです。





article-header-letting-guys-be-guys.jpg





でもよくよく考えてみると、それは皮肉なことだと思います。女性たちは男性が立ち上がり、誉と尊敬を受けるふさわしい勇猛で英雄的な姿を見たいと強く望んでいるのです。それなのに、いざ真に男らしい男性に遭遇するや、私たちの女性感覚はそれに苛立ちを覚えてしまうことがよくあります。


なぜでしょう?なぜなら、私たちの女性感覚は、世俗文化によって「教育」を受け、仕込まれてきているからです。そしてその文化は、「男性が真の意味で男性になることは社会的によろしくない」というメッセージを私たちに発し続けているのです。


メディア、ファッション業界、ゲイ社会、そして大半の女性界は一丸となって、現代の男性たちから「ごつごつした気概」を抜き去ろうとしています。その結果、――通常、「メトロ男性像(Metro Manhood)」と呼ばれている――偽の男性像が生み出されてしまったのです。





メトロ男性像とは何か?




メトロ男性というのは、男性というよりはむしろ女性に近いような行動をとる男の人たちのことを指していう言葉です。


たしかに最近の流行りでは、女性たちはひどく繊細で当たりの柔らかい男性を称賛する傾向にあると言われていますが、実際には、メトロ版の男性性というのは、女性が真に望んでいるものとしては、はるかに物足りないものなのです。


ある若い男性が私に言ってくださったように、もしも、男らしさ(masculinity)から「男性的なもの」を取り除いてしまうなら、そこに残る社会は「脆弱な男性と、無防備な女性」ということになってしまうかもしれません。


若い娘たちなら誰でも(その子がこの世の差し出すフェミニスト・アジェンダによって洗脳されるまでは)次のような夢を胸に抱いています。


――目の前には英雄的な騎士がいて、彼は彼女を守るために邪悪な竜をやっつけ、そしてその後、さっそうと彼女をお城へと運び入れてくれるのです。


しかしメトロ男性はそうではありません。彼らは洗ったばかりの自分のジーンズやムースで固めた髪が乱されることを気にする余り、一人の女性を守るために、自分の手を泥で汚してまでアクションを起こそうとはしません。


メトロ男性像は、男性のソフトな面だけを強調し、創造主により男性に与えられている生来の力を完全にないがしろにしています。


また、この男性像は――神さまが男性のためにデザインされた繊細さ、崇高さ、威厳といったものを定義するのに――キリストに模範を仰ぐ以上に、ファッション業界やポップ文化にその模範を求めています


その結果、骨抜きで可もなく不可もないような種類の「男らしさ」が生み出され、そこに、若い男性たちは自分たちの身勝手さ、怠惰、根性のなさ、軟弱さの隠れ蓑を見い出していると思います。


私たちを取り巻く現代文化は、真理のために堅く立ち、己の信じるところに堅固な男性を疎んじようとします。


その結果、見てください。実際に善戦している男性、何かのために大胆に立ち上がろうとしている男性の何と少ないことでしょう!


こうして多くの男性は、闘う代わりに、ソファーにゆったりと腰かけ、Haloゲームやアクション映画に興じています。


――その一方で、真の命に溢れた勇敢な戦士たちがいないために、今この瞬間にも死にゆくこの世は滅びに向かっているのです。



(後篇)につづきます。




男性が男性らしくあれるように――強靭な男らしさのためのスペース造りと配慮 (by レスリー・ルディー姉)【後篇】

イグナティオスのローマ人への手紙 【AD2世紀前半、初代教会】 第3章―真のキリスト者として見いだされたい!