prayingman0913.jpg




キリストの模範



私たちはキリストの模範から真の男らしさを学ぶことができると思います。ええ、たしかに主イエスは、病人を癒し、子どもを抱き上げ、ご自身のことを「良い羊飼い」とおっしゃった通り、いとも深き優しさ、謙遜、そしていつくしみの心をお示しになりました。


しかしその一方で、主は超自然的な力と強さをもお示しになられました。


――風や波を鎮め、水の上を歩き、宮で商売をしていた両替人たちを鞭で追い出し、崖から突き落とそうとしていた怒り狂う群衆の真ん中を抜け、この世の咎をご自分の身に背負い、罪と死を征服され、そして三日目に復活されました。


黙示録には次のようなことが書いてあります。



黙19:11-16


11 またわたしが見ていると、天が開かれ、見よ、そこに白い馬がいた。それに乗っているかたは、「忠実で真実な者」と呼ばれ、義によってさばき、また、戦うかたである。

12 その目は燃える炎であり、その頭には多くの冠があった。また、彼以外にはだれも知らない名がその身にしるされていた。

13 彼は血染めの衣をまとい、その名は「神の言」と呼ばれた。

14 そして、天の軍勢が、純白で、汚れのない麻布の衣を着て、白い馬に乗り、彼に従った。

15 その口からは、諸国民を打つために、鋭いつるぎが出ていた。彼は、鉄のつえをもって諸国民を治め、また、全能者なる神の激しい怒りの酒ぶねを踏む。

16 その着物にも、そのももにも、「王の王、主の主」という名がしるされていた。




これが私たちのイエス様です。――究極的な男性、究極的な王。主イエスほど偉大にして、力強く、強靭で、勇猛なお方は他にいません。


このような荘大な威厳と威光を前にして、私たちは、「イエス様は打たれ弱く、軟(やわ)なお方だったのだから、僕たちだって、そうであっていいじゃない」と言うことはできるでしょうか。


キリストにおいて、私たちは真の「強さ」と「繊細さ」の究極的融合をみることができます。


主は鉄の杖をもって国々を治められる一方、平和の君でもあられます。主は激しく風や波に命じ、それらを従わせましたが、その一方で、幼い子供たちは主の御腕の中に優しい隠れ家を見い出したのです。また主こそ真の従軍詩人です。


そして1ペテロ2:21に書いてあるように、キリストは、その足跡に従うようにと、私たちに模範を残してくださいました。(兄弟のみなさんにとっては)従うべきこの模範の中に「男らしさ」という要素も含まれていると思います。


この世の文化ではなく、キリストの模範――これに男性たちは従うよう召されていると信じます。イエス様はまったくメトロ的男性ではありませんでした。今こそ、私たちは、男性のみなさんが王の王である主イエスの基準に従うことができるよう励ましていくべきだと思います。


しかし誤解しないでください。私は「一つのことにしか興味を示さない専門おたく的な男性」のことを奨励しているわけではありません。現在よく見られる自己中心的で、獣欲主義的な若い男性たちの姿は、本物の神の戦士像の見せかけ・偽造にすぎません。


そうではなく今こそ、私たちは神のお持ちになっている男らしさのビジョン――キリストのような力強さと、キリストのような繊細さの融合――を掴み直す時期に来ていると思います。


純潔を踏みにじるのではなく、それを守ってくれる男性。


現代の社会的コレクトネスに迎合しようとやっきになるのではなく、あくまで真理のために立ち上がろうとする男性。


わが身の定評や人気や願望以上にイエス・キリストを第一にする男性。




おわりに




bigstock-Man-on-top-of-a-mountain-stand-51437401.jpg
source




今日の男性たちの間に、こういった種類の真の男らしさの兆しがみえた時、私たちはそれが女性的なやさしさを帯びていないからといって不満を言ってはいけないと思います。また、少々無骨に聞こえるかもしれない彼らの声のトーンに気分を害したりしてもいけないと思います。


覚えておきたいのは、神様は男性たちを女性にお造りになったわけではないという事実です。そうです、神様は男性をあくまで男性としてお造りになったのです!


男性たちが立ち上がり、神の御霊による喊声(battle cry)に勇ましく応答することができるよう――そのためのスペースを、私たちは今こそ彼らのために造ってあげるべきです。


男性たちが、真理のために堅く立ち、大胆に雄々しく自らの確信を表明し、神の授与された男性的な力の限りを尽くし神の戦場で戦う――そのことが許され、奨励されなければなりません。


女性のみなさん、今日、神様はそのような強靭な神の男性たちをお立てになろうとしておられます。どうか私たちがそのご計画の邪魔をする者ではなく、むしろそれに進んで協力していく者となることができますように。


ポップ文化は今後も、女性化され、気概なく、誰の気分も害さず、ふわふわ「皆に好かれるタイプの」男性像を普及させていこうとするでしょう。


しかし主よ、私たちに、気骨と根性と力、そして戦場での鬨声を鳴り響かせる、そのような男性たちをお与えください。


なぜなら、男性が真の男性である時、おとぎ話は現実のものとなるからです。


そうです。男性が真の男性として生きる時、その時、世界はイエス・キリストゆえに、ひっくり返ることになるのです。





ーおわりー



スポンサーサイト

覆われた人間の光栄と、顕されたキリストの栄光

男性が男性らしくあれるように――強靭な男らしさのためのスペース造りと配慮 (by レスリー・ルディー姉)【前篇】

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。