第七章 
   ブラウロック 村の教会堂にのり込む


winter swiss


日曜日の早朝、マルクスとレグラは一番暖かい服に身を包んで、教会に出掛けた。窓は霜で覆われ、湖沖の風は底冷えがした。

彼らは戸口から外に出ると、外套を一層ぎゅっと内に引き寄せた。ルディー・トーマンと雇い人ヴァレンティンがその後に続いた。

「今日は新しい方角に向かうよ」とマルクスは言った。「これまでいつも日曜日には教会堂の方に行っていたけど、今日は、キーナストの家に行くんだ。」

二人はキーナスト家のある方向に向けて通りを進んでいった。彼らは早くに家を出ていた。村の教会堂に向かっている村人はまだそんなに多くはなかった。

しかし、チューリッヒの方角から一人の男がこちらに歩いてきているのがみえた。キビキビした軽快な足取りから、マルクスはそれがニコラス・ビレター牧師であることを知った。牧師は、ゾリコン村教会での主日礼拝を執り行うために、毎週日曜の朝、湖沿いの道を歩いてくるのだった。

ビレター牧師は、ボシャート夫婦の方に近づくと、足取りをゆるめた。牧師がいぶかしげな目つきをしているのをマルクスは見た。《どうして自分の教区民であるこの二人は、反対方角に歩いていっているのだろう》と。

しかし牧師は何も言わず、ただ丁寧に「おはよう」とあいさつしただけで、そのまま通り過ぎていった。

マルクスと妻はまもなくキーナスト宅に着いた。彼の婿であるヨルグ・シャドは戸口の所で彼らを見、中に入ってくるよう手招きした。

「中に入るとあたたまるわね。」上着を脱ぎながら、レグラは言った。暖炉の暖かさが二人にはありがたかった。

フェリクス・マンツとフリードリー・シュマッヘルはすでにそこにいた。マルクスは二人と聖なる口づけを交わした。戸が開き、祖父ホッティンガーが入って来、その後に彼の息子の何人かが続いた。

レグラはヨルグ・シャドの妻の傍に腰を下ろした。マルクスは義兄の方を向いて低い声で尋ねた。「ヨハンと家族はゾリコンを発ったかい。」

「うん、発ったよ。」悲しげな声色でフリードリーは答えた。「さみしくなるね。」

ヨルグ・シャドはフェリクス・マンツに話しかけていた。「これは僕たちにとって新しい経験だ。村の教会堂に行くかわりに、ここで集まるっていうのは。ビレター牧師はどうすると思いますか。」

マルクスとフリードリーは二人とも、それに対してフェリクス・マンツが何と答えるか、彼の方を向いた。

「そういう事であまり神経質になる必要はない。」マンツは答えた。

「キリストの名において二人、三人が集まる所に、主はご臨在されるということを私たちは確信している。迫害がくるなら、私たちは忍耐してそれに耐えなければならない。ビレター牧師は彼自身のことに関し、神に申し開きをしなければならない。」

ちょうどその時、ゲオルグ・ブラウロックが到着した。あいさつが済むと、ブラウロックはマンツを脇へ呼び、低い声で早口に何かを話しているのをマルクスはみた。

と突然、マンツは彼を呼んだ。「マルクス、ちょっとこっちに来てくれ。」彼は手振りで示した。
マルクスは何だろうと思いながら、二人に加わった。

「マルクス。」マンツは説明した。「ゲオルグ兄弟には、大胆な計画があるんだ。でも、僕はそれが賢明なものかどうか、全く確信がないのだが、、、」フェリクスはためらい、そしてゲオルグを見た。

「僕ははじめ、ちょっと疑心暗鬼だったんだが、ゲオルグは自分が行くべきだと確信しているんだ。彼は教会堂で行なわれている礼拝に参加して、折りをうかがって、そこにいる人々に福音を説きたいと思っているんだ。そして彼は同伴者を必要としている。」

ゲオルグ・ブラウロックはせわしなく行ったり来たりしていた。彼の目はやるぞいう決意と決心でらんらんと輝いていた。「マルクス」とゲオルグは早口で説明し始めた。

「群れを養い、神の真理を教えるために、ここで礼拝をするのはすばらしい事だ。が、誰よりも神の言葉を必要としている人たちは、この群れに加わろうと自らここにはやって来ない。だから我々の方で彼らの所に行ってあげなくてはいけない。僕と一緒に行ってくれるかい。」

マルクスは息をのんだ。この大胆不敵な男、この信念に満ちた性急な説教者と共に、教会のど真ん中に乗り込んでいき、そこで人々に対峙するというのか。両親がその場にいることは間違いなかった。

「一緒に来るかい、それとも誰か他の人に頼むべきだろうか。」ブラウロックの言葉はまるで挑戦状のようであった。
「はい、行きます。」マルクスはおとなしく答えた。

「じゃあ、すぐにでも出発しよう。牧師が到着する前に、あそこに着けたら、それが一番いい。」
「でも、牧師はもう行きましたよ。」

「えっ、もう行っただって。本当かい。」ブラウロックは失望の色を隠せなかった。
「はい」とマルクスは答えた。「こっちに来る時に彼を見かけたんです。」

「とにかく、すぐに出発しよう」とブラウロックは上着に手を伸ばした。

☆☆☆

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マルクスは、前を大股で歩く男に歩調を合わせるため、ほとんど走っている自分に気付いた。ゲオルグ・ブラウロックは教会堂へと急いでいた。

教会に近づくにつれ、マルクスはますます落ち着かなくなってきた。そしてそんな自分をしかった。今まで何百回も教会に入った事があるが、こんな気持ちになったのはこれが初めてだった。

でもとにかく、彼はブラウロックについていき、ブラウロックに話す機会が訪れたなら、彼が話すのを見守る――ただそうしさえすればよいのだった。つまり彼、マルクス・ボシャートは、傍観すればいいのだ。

マルクスは、ブラウロックが薄暗い会堂に入っていくすぐ後についていった。

高く幅の狭い窓から、日の光が斜めに差し込んでいた。マルクスはふと子供の頃、日曜日にここにいた時、太陽の光線の中に浮かんでいるほこりの粒に夢中になっていたこと、そして誰も見ていない時ひそかに、ほこりに、ふぅーっと息を吐きかけたり、巻き散らしたりしていたこと――を思い出した。よりによって今朝、そういう事を思い出すなんて不思議だった。

ブラウロックは教会の前の席に向かって押し進んでいった。マルクスは彼の真後ろにいた。

教会は水を打ったように静かになった。ささやき声やガサガサいう音は完全に止み、マルクスは背中に視線の注がれているのを感じた。二人は前方の座席に座った。

マルクスはそわそわと何度も座り直していた。襟下の首の後ろの当たりは、燃えるように真っ赤になっていた。横にいる相棒を見ると、彼はポケットから新約聖書を取り出し、ページを繰っていた。

ビレター牧師は咳払いをし、マルクスは、牧師がまもなく説教壇に上るつもりなんだなと察知した。注意深く、マルクスは左の方を見た。ビレター牧師は立ち上がり、こっちに向かってくるところであった。

説教壇へ向かう牧師はこのままいけば、ブラウロックの真正面を通過することになるだろう。

時は止まったかのようであった。マルクスは首筋の脈が鼓動し、それと合わせて心臓がバクバクするのを感じた。ブラウロックは、牧師に挑戦することなく、そのまま彼を通過させるだろうか。

と思う間もなく、ゲオルグ・ブラウロックは立ち上がり、ビレター牧師に真正面から向き合った。「何をするつもりか?」彼は牧師に尋ねた。

ニコラス・ビレターは、二十代前半の顔立ちのよい、きちんとした青年であり、前途有望なツヴィングリの弟子であった。彼はブラウロックの予期せぬ質問に意表を突かれたようであった。少しの間、彼は答えなかった。

「何をするつもりか?」ブラウロックは繰り返した。彼の言葉は教会の隅々にまで響き渡った。

若い牧師は、ブラウロックとほとんど同じ高さまで、背筋をぐいと伸ばした。そして確固とした強い口調で答えた。「私は神の御言葉を説教します。」

「あなたではなく、私が説教するように遣わされたのだ。」ブラウロックは力強く答えた。

「友よ、あなたは思い違いをしている」とビレター牧師は言った。今や彼は完全に自分を取り戻していた。「私はチューリッヒのしかるべき当局により任命を受けた者である。そしてこれが長年の慣習なのだ。」

「あなたが人間による権威を持っていることは認める、、、」ブラウロックは新約聖書を手に取りながら、切り返した。「、、、でも神による権威は、、、」と彼は聖書を高くかかげた。

その瞬間、ニコラス・ビレターはブラウロックの脇をすり抜け、説教壇に向かった。そして、まだブラウロックが話し続けている中、牧師は説教を始めた。数分の間、二つの声が入り混じり、場は混乱した。

マルクス・ボシャートは、二人の説教者を代わる代わる眺めた。二人のうち、ブラウロックの方がより意気込んでいた。表面的には牧師は冷静を装っていた。

しかし突然、ビレターは押し黙った。そして、ゆっくりと丹念に、彼は大型聖書を閉じ、説教壇から下り、教会の後ろの方にある戸に向けて歩きだした。

はたして彼は降伏し、ブラウロックに講壇をゆずったのだろうか。マルクスは自分の脇にいる大男ブラウロックが、期待に胸を躍らせているのを感じた。

しかし聴衆者の方から抗議の声が上がった。
「先生、講壇に戻って、説教なさってください。」
「どうか行かないで。我々は先生の味方ですから。」

「この詐欺師を外に追い出せ!」父親ボシャートが大声で言うのを、マルクスは聞いた。

ニコラス・ビレターは立ち止った。彼はどうしようか迷っている様子であった。彼は聴衆の方を見やった。それから彼は踵を返し、もう一度、説教壇についた。そして話し始めた。

「この混乱をおゆるしください。」彼は言った。

「私たちは神を静かに、平安のうちに賛美すべきであり、主に敬虔な心の姿勢を示すべきです。私からのお願いですが、もしどなたか私に対して苦情があったり、または、私が何か間違っているのに気付かれたのでしたら、個人的に私の所にきて、間違いを指摘してください。しかし公の秩序を乱すような行為はやめましょう。なぜなら、そういう抗議行為からは何も良いものは生まれ得ないからです。」ビレターはブラウロックを直視していた。

ブラウロックは身をよじり、それから大声で言った。
「わたしの家は祈りの家ととなえられるべきである。それだのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしている。神の聖い神殿は、清められなければならない!」こういった彼は、ステッキを持ち上げ、強調するため、三回か四回、前の席を叩いた。

マルクスはこの男の迫力に圧倒された。しかしそれから再び沈黙が教会をおおった。そしてその沈黙は、通路をとおり足を引きずりながらやって来る重い足音により、ようやく破られた。

村役人のハンス・ウェストは背丈が低く、まん丸に太った男で、いつもぜーぜー息を切らしていた。彼は聴衆席に座っていたのだが、今や、この騒動を治めるのは自分の責務であると悟ったのであった。

彼はよたよたとブラウロックの方へ歩み寄り、言った。「君、、、静粛にしたまえ、、、礼拝を続けるためにな。」村役人は息を切らしていた。「これ以上、、、騒動を起こすようなら、、、君を牢獄に入れるより仕方がなくなってしまうからな。」

村役人ウェストは席に戻った。ブラウロックは黙った。そして牧師はすぐに説教を再開した。今回、彼の説教が中断されることはなかった。

マルクスの頭は混乱していた。ビレター牧師の説教に耳を傾けるなどとてもできなかった。彼は自分が傷つけられ、失望し、落ち込むのを感じた。

教会にいる人々に説教し、彼らを悔い改めに導く代わりに、ブラウロックは悪い印象を与えてしまった。一体どうしてしまったのか。ブラウロックは自分に自信がある余り、早まり過ぎたのだろうか。

マルクスは横に座っている男の顔をちらっと盗み見た。そしてそこにも失望と不満の色を見て取った。

☆☆
礼拝が終わると、マルクスはブラウロックの後に続いて足早に教会堂を出た。外の雪の上にさんさんと照りつけていた日の光で、一瞬、目がくらんだ。それから二人は、残りの礼拝者に先んじて、キーナスト宅へと向かった。

フェリクス・マンツは戸口で二人を迎え、中に入れた。「どうだった?」けげんな表情で彼は尋ねた。

「あんまりよくなかった。」ブラウロックは重苦しく答えた。彼がいつものおしゃべりなブラウロックでないことは一目瞭然だった。
「それなら、君にここにいるべきだってもっと強く言うべきだったな。どうしてそうしなかったんだろう」とフェリクス・マンツは不安げだった。そしてもっと詳細を知りたいと思っているようだった。

「うん、ここにいたほうがよっぽど良かった。」ブラウロックは認めた。
マルクスはうなずいたが、何も言わなかった。

「思い切った動きではあったが」とブラウロックはつぶやいた。彼の声は沈んでいた。

「僕はすぐにでも、村全体をキリストのもとに勝ち取りたいって思っていた。でも、僕はかなりしくじってしまったかもしれない。今朝、神の御霊があそこに行くよう、僕を導いておられるって確信していたんだ。でも、もしかしたら、僕の間違いだったのかもしれない、、、もしかしたら、それはゲオルグ・ブラウロックのせっかちな霊に過ぎなかったのかもしれない。」

この大男は座り、手の中に顔をうずめた。

フェリクス・マンツは慰めようと、彼の横に座った。マルクスも腰を下ろした。

第8章 『チューリッヒ丘を駆け抜けた情熱』 

第6章 『チューリッヒ丘を駆け抜けた情熱』