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中東の姉妹のみなさんに、聖書の示す女性像(womanhood)および創造の秩序の中における教会・家庭の中での女性の役割について、どのように真理を証していったらいいのか、私は長い間立ち往生していました。


彼女たちが日々接しているキリスト教はその大部分が対等主義ベースのものです。相補主義は、提示の仕方を誤ると、たちまちの内に中東の宗教のあの「女性抑圧」と混同され、猛反発を招きます。


こういった背景を持つ女性たちの話を聞いていて私が痛感したのは、――キリスト教リベラル派やフェミニストの方々と同様――中東宗教の背景を持つ女性たちもまた、


本質における男女の完全な平等と、役割・機能における違い

(equal in nature but different in order/function)




という点で大いに混同しているということでした。



その三者の違いを分かりやすく下に書いてみます。



① 中東宗教の男女観


Different in nature and different in order
本質における違い・不平等と、秩序・役割における違い)




② フェミニズム(<対等主義)の男女観


Equal in nature and equal in order
本質における平等と、秩序・役割における均一性)




③ 聖書的な男女観


Equal in nature and different in order
本質における平等と、秩序・役割における違い)




中東出身の女性たちは、①のシステムの下で抑圧感や不平等感を覚えながら育ってきました。


そんな彼女たちがイエスさまを信じました。


すると、今度は、多くのキリスト教会の対等主義的教えによって②のシステムが彼女たちに「聖書的なもの」として教え込まれます。


つまり、それまで完全に左に振り切れていた振り子が、今度は、一気に右の右まで振り切れてしまうのです。



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そして①と②、そのどちらも非聖書的な教えです。


私はこれまで②のシステムの下で不可避的に生じてくるさまざまな問題(教会・家庭における男性リーダーシップの欠如、妻の不従順、夫の中毒、夫婦間の不和、別居、離婚など)で苦しむ中東の姉妹たちに直接的にかかわってきました。


しかしながらやはり、それらの助けは応急手当としての一時的効用はあっても、根本的な解決をもたらす上で必要な「腫瘍除去」には至らないのです。


そこが宣教師として、また一姉妹として私の葛藤してきた部分でしたし、今もそうです。




その2につづきます。




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