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「花はみえないのですが、にもかかわらず香りが庭園中を満たしていました。この場所の美しさと静寂さは神秘的ともいえるものでした。source




みぢろげば木犀の香のたちのぼる   橋本多佳子






木犀(もくせい)Osmanthus fragrans, Sweet tea olive

常緑樹。高さ三メートル余りに達し、枝が多く、葉は密に茂り、甘いにおいを発し、風に乗って50メートル先から匂うほど。





ひろびろとした地に植えられている一本の木犀。落葉の季節にも、常に新しく、そして常にグリーン。


そして甘い香りがその地一帯を満たしています。


私はこの木をみた時にキリストの教会(エクレシア;εκκλησια)を思いました。


キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられ、今日にいたるまで御霊によってこのみからだをきよめ続けてくださっている様子はいかにもこのみずみずしい常緑樹のようではないでしょうか?(エペソ5:26)


また葉もまばらではなく、「密に」茂っており、遠くからみたら、何万とあるはずの個々の葉も互いに溶け合い、ふわふわした大きな綿菓子のようにみえます。


その中の一枚の葉は時々疲れて、いっそのこと落葉したい気持ちになるときがあるかもしれません。しかし仲間の葉たちがそうはさせないのです!



エペソ4:16

キリストによって、からだ全体は、一つ一つの部分がその力量にふさわしく働く力により、また、備えられたあらゆる結び目によって、しっかりと組み合わされ、結び合わされ、成長して、愛のうちに建てられるのです。





ここで使われている「建てられる」はギリシャ語の動詞形でοικοδομω(oikodomeo<oikos 家+demo 建てる)であり、語の中に「家」ということばが盛り込まれています。


ペテロのいうように、私たちは「霊の家 οικος πνευματικος」として築き上げられているのだと思います(1ペテロ2:5参)。


「霊の集合アパート」じゃなくて「霊の家」でよかったです。というのも、「家」の中にともにいる人々はお互いにもはや他人じゃありませんから!


ところで、こんな大きな木犀からはどんな香りがただよっているのでしょう。


きっとキリストのかおり(Ⅱコリ2:15)が、東にも西にも、南にも北にも、あらゆる方向に放たれているにちがいありません。


そう、地の果てにまで――。



倒されてもまた起き上がる!――エジプト宣教の先駆者ウィリアム・ヘンリー・ガードナーの生涯と信仰(1873 –1928)

対等主義前進を支える同盟者――② 臆病な牧師たち 【後篇】