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世界の福音宣教化を最も妨害しているのは、キリスト教会の中にいる人々自身である。


―ジョン・R・モット

(ヘンリー・ガードナー青年の献身にあたり、甚大な霊的影響を与えた人物。)






世界宣教へのビジョン



そんな折、二人の米国人伝道者が宣教の必要性を訴え、英国を巡回していました。Student Volunteer Movementのジョン・R・モットと、ロバート・スピールです。



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Robert Speer



二人のメッセージに耳を傾けるガードナーの心は熱く沸き立ち、その日の出来事を、次のように日記に記しました。



聖餐式、、、新しい時代の息吹を感じる、、、夜の集会。スピール氏は、実に油注がれた人物だ。「この世代における世界の福音化。」こんなこと、今まで一度も聞いたことがなかった。


Constance E. Padwick, Temple Gairdner of Cairo (London: Society for Promoting Christian Knowledge, 1930), p.38, 48






中東宣教への召命



その後、まもなくガードナーは主からの強烈なcalling――それも中東のイスラム教徒に対する福音宣教――を感じるようになり、大学卒業後、自らの人生を主の働きに捧げることにしました。




周囲からの大反対



しかしながら、ガードナーのそういった決心は、両親を始めとする多くの人々の反対にさらされました。


「それはあまりに馬鹿げている。優秀な君のその才能と将来をむざむざ地に埋めてしまうつもりか?それはいくらなんでもひどすぎる。」


ある友人は嘆いてこう言いました。


「みんな彼のことで嘆いている。人生をマホメッド教の人々への福音宣教にかけるという彼の決心のことで。でも僕たちに聞くところによれば、中東伝道とは大変困難なものであるそうだ。一人の改宗者が生まれるために、宣教者たちは何年も労しなければならないと。。」


ヘンリー・マーティンが、宣教地に共に行くことを拒む婚約者リディアか、それとも宣教に賭ける孤独な人生か、という二択を迫られたように、ガードナーも、究極の選択を迫られたのでした。


そして、彼は「神の国とその義」を第一に求める道を選んだのです。


こうして彼は、親友のダグラス・ソーントンと共に、Church Missionary Society (CMS)を通し、エジプトの首都カイロに派遣されました。




つぎに続きます。






【付録】


大学生たちを世界のmission fieldへ ~The Student Volunteer Movementの歩み~



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source




2016年現在、CCC,YWAM,OM,Gospel for Asiaなど多くの(学生)宣教団体が世界規模で宣教活動をしていますが、その運動の口火を切ったのが19世紀後半に米国の大学生たちの間で起こったThe Student Volunteer Movementでした。


1886年夏、大伝道者D・L・ムーディーがマサチューセッツ州のヘルモン山で大学生たちを対象に集会を開いたのですが、その時に炎のような聖霊の働きと促しがあり、一時(いちどき)に100名の学生たちが自らの人生を海外宣教に捧げる決心をしたのです。


この時の劇的な出来事は「The Mount Hermon One Hundred」と呼ばれています。




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The Mount Hermon One Hundred





その後、学生リーダーのロバート・ワイルダーが全米の大学を巡り、さらなるミッション・コールを説くと、まもなく志願者数は、2000名を超えるようになりました。




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Robert Wilder




これはプロテスタント宣教史の中でも驚くべき出来事だといえると思います。


というのも、それ以前、アメリカのプロテスタント全体が送り出していた宣教師は1000名にも満たない数だったからです


1886年から1920年にかけ、SVMは、実に8742名の宣教師を世界に派遣したのです。


(SVMのメンバーでなく間接的に影響を受けた宣教師を含めるなら、その数は1万6000名以上にも及ぶといわれています。)


こういった力強い御霊の働きと流れの中で、ヘンリー・ガードナーという一青年もまた、中東宣教に自らの人生を捧げる決心をしたのです。





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D・L・ムーディー






その他、SVMの青年宣教師たちの一例





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ケンブリッジ大から中国へ向かった7人の若者たち。「ザ・ケンブリッジ・セブン」と呼ばれています。

写真の後列左は、有名なC・T・ストゥッド宣教師。彼はケンブリッジ大の有名なクリケット選手でしたが、献身後、海外宣教に人生を捧げることに決心。他の6人と共に中国に向かいました。






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グレース・ワイルダー(上記のロバート・ワイルダーの姉。20代半ばでインドへ宣教師として向かいました。)





↓画像の中に多くの宣教師たちの写真が出てきます。






両面作戦――外の脅威と、内の脅威、その両方と闘う 【21世紀キリスト教リベラリズムの形態】

倒されてもまた起き上がる!――エジプト宣教の先駆者ウィリアム・ヘンリー・ガードナーの生涯と信仰(1873 –1928)