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愛する姉妹のみなさん、いつもありがとうございます。


ご存知のように私はすばらしい女性牧会者の元でたくさんの愛と訓育を受け、キリスト信仰の土台および基礎を教えていただきました。


彼女の愛と信仰と忍耐、そして赦しがなければ、今の私は存在しなかったはずです。


また、仲間の女性牧会者のみなさんからも私はこれまで身に余る――ええ、そうです。本当に身に余る――愛とサポートを受けてきました。


私はこのことに関して、どんなに主に感謝しているかわかりません。


それにもかかわらず、私は女性が牧師になるということは聖書の真理に反するという内容の記事を書いております。


このことで、私の心は真っ二つに割れており、人間的な情や絆のことを思うなら、このことに関して、沈黙していたいのです。


しかしながらその一方、この点に関して、私は主の御手に完全に捕えられている感があり、この真理を証しないという道もすべて塞がれ、とにかくこの先、なにが起ころうが、私はこの場所に立ち続け、最後まで立ち続けなければならないという強烈な使命を全身に帯びています。


ですから、どうか理解していただきたいのは、私は個々のみなさんに対して否定的な思いを持っているわけではまったくないということです。


真実はその反対で、私にとって、みなさんは本当にかけがえのない友であり、頼りになるお姉さんであり、信仰の家族です。


しかしながら私はみなさんに対し正直でありたい。そしてそれゆえに、このような手紙を書かざるをえないのです。


そして私は誰に対しても――特に、大切な友に対しては尚さら――free spaceを贈りたいと思っています。


私の所にとどまることはもちろん自由ですし歓迎しますが、上述したような私のスタンスゆえ、どうしても今後、交わりを続けていくのが息苦しく、葛藤を覚え、心苦しいとお感じになった場合、その時にはどうか無理をなさらないでください。You can leave me freely.


それが現在の私の思いです。


この手紙を読んでくださってありがとうございました。


主の祝福が愛する私の友であり姉であるみなさんの上に豊かにありますように。アーメン。





嘆きと告白、そして祈りへの小道(A gentle invitation to Biblical lamentation and prayer)

倒されてもまた起き上がる!――エジプト宣教の先駆者ウィリアム・ヘンリー・ガードナーの生涯と信仰(1873 –1928) 【最終回】