おお魂よ、静まりなさい。



汝の神、栄光の王であるキリストが、

汝のために十字架に架かっておられる。




御父の懐を離れ、

さまよう魂を、ふるさとに導き入れるために

主は来られた。




イエスがあなたを愛しておられるのか知りたいのですか。


本当に愛しておられるのかどうか。。。




それならば、心引き裂かれ、

御苦しみに遭われしこの方をみなさい。




あらゆる地獄の痛みを極まで味わわれ、

打ち叩かれ、

汝の咎、罪過を忍ばれたこの方をみなさい。




誰からも見捨てられし主。




ああ、この方の悲痛な叫びがあなたに聞こえるだろうか。




沈黙の空の暗闇の中を報われることなく歩まれた主。



汝を神の元に帰すために、流されし

血の泉を見よ。





おお、偉大なる救い主イエス、

わが罪、そうです、

わが罪が、汝の上に置かれたのです。





汝の十字架の中に

私はわが永劫の刑罰をみます。





そして本来ならわが負うべき呪いを――

汝の神性なる御苦しみのうちに見ています。





主よ、汝はわがために、

勝利を勝ち取ってくださいました。





こうしてとこしえに義は満たされ、

神の御心が成し遂げられたのです。




それゆえに、おお、打ち叩かれし岩なる主よ!

汝より、とこしえの命が流れ出で、


卑しむべき、咎ある者に、

生ける水が注がれているのです!





敵であった私は、汝の尊い血潮によって

贖われました。





今、沈黙のうちに私は、汝の足もとに額づき、

汝の無限の愛のうちに

忘我しています。





Gerhard Tersteegen, The Sin-Offering,
私訳





十字架につけられたキリスト

ああ、わが救い主は血を流されたのでしょうか―イサク・ワッツの信仰詩













垂れ幕の内で―天的な礼拝の黙想

フェミニストの福音、リベラリズム、そして21世紀の全体主義