第二章  山の上のモニ

IMG_0136.jpg

 
次の朝、パウラはいつもとちがって、早く目がさめました。

 大きな歌声に起こされたのです。

「きっとあのやぎかいね」そう言って、ベッドから飛び起きると窓にかけよりました。

 思ったとおりです。

 元気いっぱいの、赤いほっぺたのモニが窓の外にいました。

 ちょうど小屋から親やぎと子やぎを連れ出すところです。

 少年が空中でムチを振って合図すると、やぎたちは小さく大きく、彼のまわりでとびまわり、群全体が前にすすみはじめます。

 そしてまた、モニは気の向くまま歌い出して、山々に歌声をひびかせるのです。

♪モミの木たちの その上で

  小鳥たちは そろって歌う

  しばらく雨が つづいたあとに

  ひかりがさして 晴れてくる !


「今日こそ、あの歌を全部歌ってもらわなきゃ!」パウラはつぶやきます。

 もうモニの姿は見えなくなり、歌声も遠くなってよく聞こえなくなっていきます。

 空にはまだ、赤い朝やけの雲があって、どこかかなたへと流れていきます。

 さわやかな山の風が、ざわざわと音をたて、山をのぼるモニの耳に聞こえます。

 それが彼をますます元気にさせます。

 少年は楽しい気持ちのまま、山道で最初の曲り道から、谷ぞこへ大きくヨーデルをひびかせます。

 それで下のホテルで眠っていた人が何人も驚いて目を覚ましました。

 でも、みんなすぐにまた眠ってしまいます。

 あの歌声がヤギかいのものだとわかったし、いつもとても早くやってくるので、あと1時間は眠っていてもいいのだと知ってるからです。

  

 みんなが眠っているうちに、モニはヤギたちと、1時間以上もどんどん歩き、高い岩山の上までよじ登りました。

 モニのまわりの世界は、高く登っていけばいくほど、ますます美しくなっていきました。

 彼は、ときどき景色をながめ、青く深くなっていく、すんだ空をあおぎます。

 そして、歌いはじめるのです。

 精一杯に口をあけ、天に近ければちかいほど、どこまでも純粋に、どこまでも楽しげに。

♪モミの木たちの その上で

  小鳥たちは そろって歌う

  しばらく雨が つづいたあとは

  ひかりがさして 晴れてくる !

♪昼と夜の かがやきと

  星々たちの きらめきは

  愛する方が みんなにくれる

  幸せのための おくりもの

 

♪春には花々 さきそろう

  黄いろい色に 赤い色

  空はなんて 深い青

  うれしいボクは 天にものぼる

♪そして夏の いちごたち

  うまくさがそう いっぱいあるよ

  赤いいちごに 黒いちご

  どれも茎から つまんで食べる

  

♪森にくるみが またみのる

  秋にすること 知っている?

  やぎが食べてる あの場所に

  香る(ハーブ)おくすり(薬草) たくさんはえる

♪冬でもボクは 楽しいよ

  泣いても なんにもならないし

  冬のあとには いつでも春が

  かならずやって くるものさ



 いつもきている高台にやってきました。

 今日もそこが最初の休憩場所です。

 そこは小さな緑の高原になっていて、岩が突き出して大きく広がっているところがあります。

 そこからは、まわりがひらけていて、谷の下の方までひろく見わたすことができるのです。

 この岩のでっぱりは「先生のつくえ岩」といわれていました。

 ここに、モニはよくきて、何時間かいるのです。

 そしてヤギたちが、本当にのんびりと草を探している間、まわりの景色をじっと見たり、とりとめなく口笛をふいたりしていました。

 モニはそこに着くと、すぐに背中からおべんとうのはいった小さなふくろをおろして、自分で地面に掘った、小さな穴に置きました。

 それから「先生のつくえ岩」の上のほうに歩いていって、いちど思いっきりきもちよく寝てみようと、ごろんと体をなげだしました。

 空は、暗いほど青くすんでいました。

 向こうの空には、高い山々の頂きがギザギザとそびえたっていて、大きな氷原も見えています。

 そして下には、緑の谷間が朝日の中で、遠くまでかがやいていました。

 モニはねそべり、まわりをみながら歌ったり、口笛をふいたりしました。

 山の風が、ほてった少年のほほを冷やします。

 口笛をふくのをちょっとだけやめてみると、上では小鳥たちがモニよりも、もっと楽しそうにさえずりながら、青い空を高くまいあがっていくのです。

 モニは口でいえないほど、いい気持ちでした。

 ときどき、ちいちゃんがやってきて、甘えてモニの肩に自分のあたまを軽くこすりつけます。

 モニが大好きだから、いつもそうしているのです。

 それからとってもかわいく「めぇ」と鳴くと、反対側の肩にまわって、同じように頭をこすりつけてきます。

 ほかのヤギたちも、いれかわって、あれこれやってきて、自分たちの番人の様子を見にきました。

 ヤギがモニのところにきて、何をするかは、それぞれ違いました。

 モニの家の茶色ヤギは、とても心配そうにやってきました。

 彼がどうかしたのかと、様子を見にきたのです。

 そしてそのまま立って、モニがなにか言うまでじっとみつめていました。

「わかった、わかったよ。茶色くん。ぼくは大丈夫だって。草を食べにもどりなよ!」

 白くて若いヤギと、ツバメという名前のヤギの二頭は、いつもモニに向かって飛びついてきて、地面につき倒していました。

 ツバメという名前は、とても身が軽くてすばしっこく、どこでもツバメが巣にもどるような勢いで動くからついたのです。

 いまも、モニが先に地面に寝ころがっていなかったら、そうなっていたでしょう。

 黒くて立派なのは、温泉館の主人のヤギで、ちいちゃんの母親です。すこしツンとすましたところがあります。

 そのヤギは、モニからあと2、3歩のところまで近づき、頭をもちあげてモニを見つめるだけです。

 親しそうにしようとせずに、そのうち、離れて行ってしまいました。

 それから、雄ヤギで、大きいサルタン(王様)というヤギは、いつも一度だけやってきます。

 そして、モニの近くにいるヤギをぜんぶ押しのけて、とても大切なことのようにメエメエと何かいいます。

 自分がヤギたちで一番エライと思っていて、いまみんながどうしているか、モニに教えようとするみたいです。

 でも、そんな中でも、ただ一匹、弱々しいちいちゃんだけは、モニが守ってくれるので追い払われることはありませんでした。

 雄ヤギがやってきて、ちいちゃんを押しのけようとしても、小ヤギはモニのワキや頭の下にモゾモゾともぐりこんでしまいます。

 ですから大きなサルタンもどうにもできません。

 いつもちいちゃんは、サルタンや他のやぎが近くにやってきたら怖くなるのですが、モニの体の下なら、安心なのです。

 そうして、すばらしい朝がすぎていきました。

 モニは昼食を食べおえて、杖にもたれて立ちながら、考え事をしました。

 杖は山の上では、登ったり下ったりするときとても役に立つので、いつも持っているのです。

 考えていたのは、山の新しい場所に登るかどうかです。

 ヤギたちをこの午後に、もっと高い場所につれていくつもりでしたが、問題はどの方向からいくかです。

 モニは、左の方向の「三つの竜岩」へいくことにしました。

 そのまわりには柔らかい草がしげっていて、ヤギたちにとてもすてきなごちそうになるからです。

 そこにいく道はけわしくて、上は切り立った岩肌で危険なところでした。

 でもモニは良い道を知っていましたし、やぎたちもよくわかっていて、簡単にはぐれたりしません。

 彼は登り道に向かいました。

 ヤギたちみんなも、モニのすぐ前や後ろで、楽しそうにかけのぼっていきます。

 そして小ヤギのちいちゃんはいつもモニに、ぴったりとくっついているのです。

 とても険しい場所にきたときは、モニはちいちゃんをだきあげたり、ひきよせたりしました。

 すべてがうまくいって、無事にみんな登ることができました。

 ヤギたちはぴょんぴょんとびながら、すぐに緑の茂みをめざして走っていきます。

 前に何回もこの高地に来て、たくさんおいしい草を食べたことを、よく覚えていたのです。

「さわぐんじゃない! 静かに食べろよ!」

 モニは言いました。

「こんな急な所で押し合ったら、すぐに下に落っこちて足を折っちゃうぞ。

 あ、ツバメ! おまえは何考えてんだ!」

 モニは、ドキッとして岩の上に呼びかけます。

 あのすばっしこいヤギが、高い「竜岩」のうえに登って、その端のギリギリに立ち、モニを得意そうに見下ろしているのです。

 彼は急いで岩をよじ登りました。

 あとほんの少し前にでるだけで、「ツバメ」は谷底に落ちてしまうのです。

 モニはとても心配でした。

 たちまち岩を上までのぼりつめると、ツバメの足にエイととびついてつかみ、ひきずりもどしました。

「いますぐボクと一緒にくるんだ。

 おまえはなんにも考えてないんだな !」

 モニはツバメをしかりつけ、下の仲間のところへ引っぱっていきました。

 そしてヤギが茂みの草の味見をし、もぐもぐ食べることに夢中になって、もうどこかにいく心配がないと思えるまで、しっかりとつかまえておきました。

「あれ? ちいちゃんはどこだ !」

 モニはきゅうに叫びました。

 おかあさんのクロヤギが、たった一匹でガケのそばに立っているのに気がついたのです。

 草を食べずに首をあげ、じっとして、きょろきょろしています。

 いつも、あの子ヤギはモニのそばにいるか、おかあさんの後を追いかけていたのです。

「クロ。おまえの子供はどこなんだ !」

 モニはドキリとしてかけよりました。

 母ヤギの様子はなんだかとてもおかしくて、何も食べずに一つの場所から動こうとしません。

 両耳を心配そうに動かして、なにも聞き逃すまいとしています。

 モニはクロヤギのすぐそばに立って、上や下をみわたしました。

 小さく、メェとなき声が聞こえます。

 ちいちゃんの声です。

 下の方から、とっても悲しそうに、助けてと言っているのです。

 モニは地面にふせて、体を前にのりだし、下をのぞきこみました。

 すると、ちいちゃんが、ずっと下の方の、岩の割れ目から生えている木の枝にぶらさがり、哀れにめそめそ鳴いているのが、はっきり見えました。

 子ヤギは、落ちてしまったのです。

 でも運がよかったです。もし枝に引っかかっていなかったら、深い谷間に落ちていました。

 そうしたらとてもひどいことですが、死んでしまったはずです。

 しかし、子ヤギが枝にしがみついていることができなくなったら、すぐにも深い谷底へ落ちて、命がなくなってしまいます。

 モニは心配でたまらずに、下に呼びかけました。

「がんばれ、ちいちゃん。

 しっかり枝につかまっているんだ。

 みててごらん。

 僕はすぐにいって、おまえをつれもどしてあげるよ!」

 でも、どうやってあそこに行けばいいのでしょう?

 この岩壁はとても険しくて、そのままモニが下に降りていけないのが、ひとめでわかります。

 でも、子ヤギは「やどり岩」とだいたい同じ高さにいるはずです。

 「やどり岩」は、この崖からつきだした岩で、その下は雨やどりのときにはとてもいい避難所でした。

 ヤギ飼いたちは昔からずっと、天気の悪い日はそこで一日をすごします。

 だからその岩は、大昔から今まで「やどり岩」と呼ばれるのです。

(そうだ。その場所から !)モニは思いました。

「やどり岩」の上から横の方に、崖にしがみついていけばいいんだ。

 そうすればちいちゃんを、あそこからつれもどせる。

 いそいでモニは口笛をふいて群れを集め、みんなで「やどり岩」の下に降りていきました。

 そこで群れに草をたべさせておいて、少年はやどり岩にむかっていきました。

 ここから見ると、子ヤギがぶらさがっている木の枝は、まだずいぶん上にあるのがすぐわかりました。

 そこによじのぼっていって、ちいちゃんを肩にかついで、また下に降りてくるのが、簡単でないことはわかっていました。

 でも、助けるにはそれしかないんです。

 神様はぼくの味方だ。

 すぐにモニは思いました。

 だからきっと手助けしてくださる。

 手を組んで、天を見上げました。

 そして祈ります。

 これからちいちゃんを助けにいきます。どうかお守りください。

 今はもう、モニはすっかり落ち着いて、すべてがうまくいくと信じていました。

 だから自信をもって、しっかりと岩肌をよじ登っていきます。

 モニは枝がつかめるところまできました。

 ここで少年は両足でしっかり枝をはさみこみ、ぶるぶる震えておびえている子ヤギを、両肩にかつぎあげました。

 そしてとても用心深く、そろそろとはいおりていきました。

 自分の足の下が、草のはえている安全な地面になったとき。

 そして、おびえきっていた子ヤギを助けることができたんだとわかったとき、モニはとてもうれしかった。

 お礼したい気持ちが心から止めようもなくわきだして、空にむかって呼びかけました。

「ああ、僕たちを守ってくださるお方、ありがとうございます。

 あなたはボクたちをしっかりと支えて、導いてくださいました。

 ボクもちいちゃんも、それがとてもうれしいんです!」

 そしてモニは、しばらく地面にすわりました。

 いまもぶるぶるふるえている子ヤギのかぼそい手足を、怖い気持ちがなくなるまで、なでてやるのです。

 まもなく、もう帰る時間になりました。

 モニは、子ヤギをもう一度両肩に乗せ、そして優しく話しかけました。

「帰ろう、かわいそうなちいちゃん。

 おまえはまだふるえているね。

 今日は家まで自分で歩けないから、ぼくがおぶってあげる」

 ちいちゃんはモニにすっかり体をあずけて、たよりきっていました。

 そのままモニは、下る道をずっと子ヤギをおぶっていきました。

 パウラは、ホテルの前の丘に立ち、ヤギ飼いを待っていました。

 彼女のおばさんも一緒でした。

 モニがお荷物の子ヤギを背負ってちかよってきました。

 パウラはヤギのぐあいが悪いのか聞いてきました。とても心配そうです。

 モニは子ヤギの様子をみせ、パウラの前で地面に座ります。

 そして今日、ちいちゃんとモニに何があったか話してあげました。

 女の子は助かった子ヤギをなでてあげました。

 いまはすっかり落ち着いて、モニのひざの上にうずくまっています。

 子ヤギの白い足や、背中のきれいな黒のぶち模様は、とてもかわいかった。

 ヤギはそっとなでられて、とても気持ちよさそうに、横になっていました。

「いま、あの歌を歌ってくれない? 

 座ってゆっくりしてるんですもの、ちょうどいいでしょ?」パウラがいいました。

 モニはとても幸せな気持ちでした。

 ですから喜んで、胸いっぱいの息で歌いだし、最後までぜんぶ聞かせてあげました。

 歌はパウラの心をとらえてしまいました。

「絶対にまた歌ってちょうだい。

 何度でもお願いね !」と言うのです。

 そして、もうすっかりみんな友達になって、一緒にホテルまでおりていきました。

 ここでちいちゃんは自分の寝床に戻されて、モニと別れました。

 そしてパウラは部屋にもどって、やぎ飼いの男の子のことを、おばさんとずっと話していました。

 いまからもう、明日の朝にモニの楽しい歌が聞けるのだと、わくわくしていました。

(第3章につづきます。)
スポンサーサイト

『ヤギかいのモニ』(ヨハンナ・スピリ作)第3章

ハイジの著者による児童文学 『ヤギかいのモニ』(ヨハンナ・スピリ作)第1章

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。